第8話 ギルド『アイアンウォール』始動
ギルド『アイアンウォール』。
ゴウ、ユキ、そして俺。たった三人だけの、小さなギルドが産声を上げた瞬間だった。
「うおー!これが俺たちの城か!」
ギルド設立の特典として与えられた初期ギルドハウス――ゲーム内では「ギルドホール」と呼ばれる空間――で、ゴウが興奮したように叫んだ。
城というにはあまりに質素な、小さなコテージのような内装だ。テーブルと椅子が数脚あるだけの殺風景な部屋だったが、そこには確かに「自分たちの居場所」という特別な空気が満ちていた。
「わあ、すごい! 本当に自分たちの家みたいですね!」
ユキも目を輝かせながら、部屋の中を歩き回っている。
「まあ、これからデカくしていけばいいだろ! 家具とかも、クエスト報酬で色々手に入るらしいぜ」
三人でワイワイ言いながら、とりあえずの家具の配置を決める。たったそれだけのことが、不思議と楽しかった。ソロプレイでは決して味わえない感覚だ。
「それより、シュヴァさん。さっきのギルドスキルってやつ、見てみようぜ」
ゴウに促され、俺はギルドメニューを開いた。そこには、解放されたばかりのスキル一覧が表示されている。
【ギルドスキル】
・経験値アップ(小):ギルドメンバーが獲得する経験値が3%増加する。
・アイテムドロップ率アップ(微):ギルドメンバーのアイテムドロップ率が1%増加する。
・バナーズ・コール:1日に1度、ギルドホールに帰還できる。
「おお、地味だけど便利そうじゃねえか!」
「すごい……! これだけで、狩りの効率が全然違ってきますね!」
さらに説明を読み進めると、ギルドクエストをこなして「ギルドポイント」を貯め、ギルドレベルを上げることで、より強力なスキルや、戦闘中に使えるアクティブスキルも解放されることが分かった。
俺たちの目の前に、明確な目標が示されたのだ。
「よっしゃあ! いっちょ、ギルドクエストとやらをやってみようぜ!」
ゴウの掛け声で、俺たちは早速、ギルド専用のクエストボードへと向かった。
最初に受注したのは、「平原のオークの群れの討伐」という、ギルドレベル1向けのクエストだ。
目的地である広大な平原には、すでに数体のオークが棍棒を振り回しながら徘徊していた。
「よし、作戦通り行くぜ! 俺がヘイトを集める! ユキは後方から一体ずつ確実に! シュヴァさんは遊撃だ!」
「「応!」」
ゴウがタワーシールドを地面に叩きつけ、挑発スキル【ウォークライ】を発動する。オークたちの敵意が、一斉に彼へと向かった。
その隙に、ユキが正確無比な矢を放ち、一体のオークの足を射抜く。動きが鈍ったところへ、俺が死角から回り込み、スキルを叩き込む。
剣技【ソニックブレード】。魔法【ファイアボルト】。
息の合った連携。一体、また一体とオークを沈めていく。圧倒的な効率。これが、パーティープレイ。これが、ギルドの力か。
クエストは、驚くほどあっさりと終わった。
俺たちはギルドホールに戻ると、報酬として得たギルドポイントを確認し、互いの健闘を称え合った。
「いやー、シュヴァさんがいてくれて助かったぜ! 火力が段違いだ!」
「ゴウさんのタフさも、ユキの正確な援護もすごかった」
ゲーム内のアイテムである冷たいジュースで乾杯する。ただのポリゴンデータのはずなのに、喉を通る感覚がやけにリアルに感じられた。
ひとしきり盛り上がった後、ゴウがふと、真剣な顔で俺に尋ねた。
「そういやシュヴァさん、何でギルドに入るの、あんなに迷ってたんだ? なんか、ワケありなのか?」
核心を突く質問に、俺は一瞬、言葉に詰まった。
世界の異変のこと。現実でモンスターを見たこと。それを話すべきか?
いや、まだだ。彼らを巻き込むわけにはいかない。それに、こんな突拍子もない話を信じてもらえるはずがない。
「……いや、ちょっとな。人付き合いが、あまり得意じゃないだけだ」
俺はそう言って、曖昧に笑った。
ゴウは「ふーん、まあ色々あるわな!」と深くは追及してこなかったが、俺は自分の心の壁の厚さを、改めて感じていた。
仲間はできた。だが、まだ本当の意味で、彼らを信じきれてはいない。
その事実に、俺は一人、静かに向き合っていた。