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第5話 ギルドシステム解放

 鏡に映った黒騎士の幻影。

 あの日以来、俺の心には小さな棘が刺さったままだった。ゲームの力が俺自身を蝕んでいくような感覚に、漠然とした不安が拭えない。

 それでも、俺は『Aetherize Online』をやめられなかった。

 現実で手に入れた賞賛も、怜奈との縮まった距離も、全てはこのゲームのおかげだ。一度知ってしまった万能感を、手放すことなどできるはずもなかった。


 そんなある日、『AO』の運営から一通の告知メールが届いた。

 待望の大型アップデート。その目玉は二つ。

 一つは、新機能「ギルドシステム」の実装。

 もう一つは、パーティー推奨の高難易度エリア「廃工場のスケルトンナイト」の解放。


「ギルド、か……」


 俺はスマートフォンの画面を眺めながら、思わず呟いた。

 プレイヤー同士が集い、拠点を作り、協力してクエストに挑む。オンラインゲームの華とも言えるシステムだ。

 だが、俺の心は動かなかった。

『Schwarz Ritter』は孤高の騎士だ。学生時代から続くその設定を、俺は頑なに守り続けていた。誰かと馴れ合い、群れるなど、黒騎士の名が廃る。

 それに、万が一にもゲーム内での付き合いが現実の個人情報に繋がるようなことがあれば、俺の秘密が暴かれかねない。


「俺は、ソロでいい」


 そう結論付けた俺の目は、しかし、アップデート情報のもう一つに釘付けになっていた。

 新エリアのボス、スケルトンナイト。そのレアドロップアイテムとして設定された片手剣【スチールファルシオン】。俺が今使っている剣よりも、二段階は上の性能だ。

 これを手に入れれば、俺はもっと強くなれる。


 その夜、黒騎士の姿になった俺は、実装されたばかりの新エリア――現実世界では数年前に閉鎖された、湾岸地区の巨大な廃工場――の前に立っていた。

 エーテルグラス越しに見る工場は、錆びついた鉄骨が不気味な骨格のように夜空に突き立ち、内部からは不浄な魔力の気配が漏れ出している。


 入り口には、俺と同じようにアップデート情報を聞きつけたプレイヤーが十数人ほど集まっていた。彼らは思い思いにパーティーを組み、鬨の声を上げながら中へと突入していく。

 俺はそんな彼らを横目に、一人、工場の闇へと足を踏み入れた。


 内部は、迷路のように入り組んでいた。薄暗い通路のあちこちから、カチャカチャという骨の擦れる音が響く。

 一体目のスケルトンが出現した。腐りかけた鎧をまとった骸骨の戦士。その目は、青い鬼火のような光を宿している。

 俺は冷静に剣を抜き、魔法で牽制しながら斬りかかる。一体だけなら、問題なく倒せる。

 だが、一体を倒すと、その物音を聞きつけて二体、三体と新たなスケルトンが現れた。前後から挟み撃ちにされ、たちまち窮地に陥る。


「くそっ、キリがない!」


 一体の振り下ろす錆びた大剣をかろうじて受け流すが、もう一体の槍が俺の肩を掠める。

『HP -45』

 激しいダメージ表示と共に、体に鋭い衝撃が走った。

 このままではジリ貧だ。俺は悔しさを噛み締めながら、撤退用の転移アイテムを使い、ほうほうの体で工場の外へと逃げ出した。インベントリを確認すれば、高価な回復ポーションを三本も無駄遣いしてしまっている。


「ソロじゃ……無理か」


 現実を突きつけられ、工場の入り口で膝に手をつく。

 すると、背後から威勢のいい声が聞こえてきた。


「だーっ! クソッ、あと一歩だったのに!」

「ゴウさん、落ち着いて。回復が追いつかなかったです、すみません……」


 振り返ると、そこには屈強な鎧に身を包んだ大男と、軽装で弓を構えた小柄な青年がいた。大男は巨大なタワーシールドを背負った【ガーディアン】。青年は俊敏そうな【アーチャー】のようだ。彼らもまた、攻略に失敗して戻ってきたらしい。


「あのデカブツの攻撃は俺が引き受けるからよぉ、弓だけじゃ火力が足りねえんだよな。やっぱ、もう一人アタッカーがいねえとキツいか」

 盾役の大男が、悔しそうに唸る。


 火力が足りない。

 その言葉が、俺の耳に引っかかった。俺のクラスは【魔導剣士】。物理と魔法を両立させた、純粋なアタッカーだ。

 俺がいれば、彼らはボスを倒せるかもしれない。そして、彼らの盾があれば、俺は安全に攻撃に専念できる。


 孤高の騎士、Schwarz Ritter。

 その設定が、頭をよぎる。だが、それ以上に、【スチールファルシオン】への渇望が勝った。強くなりたい。もっと、圧倒的な力が欲しい。

 俺は意を決して、二人に声をかけた。


「……アタッカーが、必要なんじゃないか」


 二人が、怪訝そうな顔でこちらを向く。

 俺は続けた。


「俺は魔導剣士だ。一時的に、手を組まないか」


 俺の申し出に、二人は顔を見合わせた。やがて、盾役の大男――ゴウと名乗った――が、ニカッと歯を見せて笑った。


「おう、いいぜ! 見るからに腕が立ちそうだしな! 俺はゴウ、こっちは相棒のユキだ。よろしくな、えーっと……」

「……Schwarz Ritterだ」

「シュバルツ?……よし、シュヴァさんだな!」


 こうして、俺の初めての即席パーティーが結成された。

 再び工場内部へ。今度は一人ではない。

「シュヴァさん、右翼を頼む! ユキ、援護!」

 ゴウがタワーシールドを構え、スケルトンたちの攻撃を一手に引き受ける。その巨体は、まさに鉄壁の要塞だ。

 守られている、という安心感。それに後押しされ、俺は攻撃に集中できた。ゴウの盾の影から飛び出し、ユキの放つ矢の援護を受けながら、剣と魔法を叩き込む。

 一人では味わえなかった連携の快感。パズルのピースが、カチリ、カチリと嵌っていくようだ。


 俺たちは順調に工場深部へと進み、ついにエリアボスの【スケルトンナイト】と対峙した。

 馬ほどの大きさの骨馬に跨り、禍々しいオーラを放つ巨大な騎士。そのプレッシャーは、ザコとは比べ物にならない。

「いくぜ、お前ら!」

 ゴウの雄叫びを合図に、激戦の火蓋が切られた。


 激闘の末、スケルトンナイトは断末魔の叫びと共に光の粒子となって消え去った。

 ドロップアイテムが、キラキラと輝きながら地面に散らばる。その中に、一際強く輝く剣があった。


【スチールファルシオン】


 俺たちはハイタッチを交わし、互いの健闘を称え合った。報酬を公平に分配し、俺は念願の剣を手に入れる。

 現実での成功とは違う、純粋な達成感と、仲間との間に生まれた確かな絆。それは、ソロプレイに固執していた俺の心を、じんわりと溶かしていく温かさを持っていた。


 工場の外で、別れの挨拶を交わす。

 すると、ゴウが思い出したように言った。


「そうだ、シュヴァさん。俺たち、これを機にギルドを作ろうと思ってるんだ。あんたさえ良ければ、創設メンバーの三人目にならないか?」


 ギルド。俺が、避けてきたもの。

 だが、彼らとの共闘は、確かに楽しかった。

 孤高の騎士か、それとも仲間との絆か。

 俺は、すぐには答えを出せなかった。


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