第16話 水瀬怜奈、再び
神崎魁人から得た情報は、あまりに衝撃的で、俺たちの頭を混乱させた。
巨大な実験場。暴走するシステム。
俺たちは、自分たちの意志でゲームをプレイしているつもりで、実は巨大な手のひらの上で踊らされているに過ぎなかったのか。
重い気持ちを抱えたまま、俺は日常に戻った。
魁人とは連絡先を交換し、今後も情報共有をしていく約束を取り付けた。彼は俺たちの仲間になったわけではない。あくまで、利害が一致した協力者。それが、彼と俺たちとの距離感だった。
現実世界では、怜奈とのプロジェクトが成功裏に終わり、俺の社内での評価は不動のものとなっていた。
「今回の成功は、ひとえに如月くんのリーダーシップのおかげだ!」
打ち上げの席で、上機嫌の部長が俺の肩を叩く。周囲からも、賞賛と羨望の視線が注がれる。
数ヶ月前までの自分では、考えられない光景だ。
だが、その成功を素直に喜べない自分がいた。この力も、評価も、全てはあの「実験場」からもたらされたものに過ぎないのではないか。
そんな俺の目に、輪の中心から少し離れた場所で、ぽつんと座っている怜奈の姿が映った。
彼女は、ほとんど食事に手を付けていない。時折、何かから逃れるように虚空を見つめ、その表情は憔悴しきっていた。
俺はそっと彼女の隣に座り、声をかけた。
「水瀬さん、どうしたんだ? 何か、悩みでもあるのか?」
「……如月くん」
俺に気づいた彼女は、力なく微笑んだ。その笑顔は、ひどく痛々しい。
「ううん、なんでもないよ。プロジェクトが成功して、嬉しいなって思ってただけ」
「嘘だ。顔を見れば分かる」
俺がそう言うと、彼女の瞳が不安そうに揺れた。そして、ぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
「……私みたいなのが、幸せになっちゃいけないんだよ」
その言葉の意味を、俺は測りかねた。
彼女は一体、何を背負っているんだ?
俺が何かを言う前に、彼女は「ごめん、ちょっと気分が悪いから、先に帰るね」と席を立ってしまった。
その背中は、今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい、か弱く見えた。
俺は確信した。彼女が『Aetherize Online』で、何か深刻なトラブルに巻き込まれていることを。
そして、それはもう、彼女一人の手には負えない状況なのだということも。
打ち上げが終わり、一人になった帰り道。
俺はスマートフォンを取り出し、ある人物にメッセージを送った。
相手は、神崎魁人。
『頼みがある。あるプレイヤーを探し出して、その状況を調べてほしい』
俺は、怜奈の顔と、彼女が回復ポーションを使った時の光景を思い出しながら、メッセージを打ち続けた。
もう、見て見ぬふりはできない。
たとえ、彼女がそれを望まなくても。