第15話 邂逅、神崎魁人
駅のホームだった場所に、カタカタ、というリズミカルなタイプ音だけが響いていた。
俺たちが現れても、少年はパソコンの画面から目を離そうとしない。歳の頃は、高校生くらいだろうか。細身の体に、少しサイズの大きいパーカーを着こなしている。その雰囲気は、強者というよりは、どこか掴みどころのない猫のようだ。
彼こそが、Kite。
「……遅かったね。クリアタイム、32分14秒。まあ、初めてにしては上出来かな」
少年は顔も上げずに、淡々と言った。
俺たちは、彼にモニター越しに見られていたのだ。その事実に、改めて彼の得体の知れなさを感じる。
「あんたが、Kiteか」
俺が一歩前に出ると、少年はようやく顔を上げた。その目は、全てを見透かすような、鋭い光を宿していた。
彼はノートパソコンを閉じると、立ち上がって俺たちに向き直る。
「はじめまして、と言うべきかな。Schwarz Ritter、ゴウ、ユキ。僕のテストに合格、おめでとう」
「テストだと? ふざけんじゃねえ。おかげで、ひでえ目にあったぜ」
ゴウが不満げに言うが、Kiteは意にも介さない。
「あの程度のダンジョンで苦戦するようなら、僕と話す資格はない。それだけのことだよ。君たちがここまで来られたのは、個々の能力もさることながら、三人の『連携』が機能したからだ。この世界では、それが最も重要な資質になる」
Kiteはそう言うと、俺たちに衝撃的な事実を語り始めた。
彼の正体は、神崎魁人。18歳の天才高校生プログラマー。彼は、その卓越したハッキング技術で、『AO』の根幹に関わるデータの一部を抜き出すことに成功したのだという。
「このゲームは、単なる娯楽じゃない。それは君たちも薄々気づいているだろう?」
魁人は、いたずらっぽく笑う。
「その目的は、データの収集だ。プレイヤーという膨大なサンプルが、この拡張現実下でどう行動し、どう成長し、どう進化していくか。そのデータを、あるシステムが集めている」
「システム……?」
「そう。僕らは、巨大な実験場に放り込まれたモルモットみたいなものさ。そして、その実験が、今、何者かのせいで、あるいは何らかの理由で暴走を始めている。それが、この『現実侵食』の正体だ」
魁人の言葉に、俺たちは息をのんだ。
俺たちが感じていた漠然とした不安が、明確な輪郭を持って目の前に突きつけられる。
「じゃあ、運営会社は何してるんだよ!?」
ゴウが声を荒らげる。
「さあね。隠蔽しようとしてるのか、あるいは彼ら自身も制御不能に陥っているのか。今のところは、静観を決め込んでいるみたいだけど」
魁人は肩をすくめると、再び俺を見た。
「僕は、このゲームの真実を突き止めたい。そして、できるなら、この狂った状況を僕の手でコントロールしたい。そのためには、駒が必要だ。……Schwarz Ritter、君たち『アイアンウォール』は、その駒として、なかなか優秀そうだ」
見下したような物言い。だが、その瞳の奥には、この異常事態を一人で解き明かそうとする、強烈な意志と孤独の色が浮かんでいた。