第14話 隠しダンジョン
Kiteの暗号を解読した俺たちは、翌日の夕方、指定された場所へと向かっていた。
場所は、隣町の外れにある地下鉄の旧駅舎。数十年間使われず、フェンスで固く閉ざされたその場所は、昼間でもどこか不気味な空気が漂っている。
「本当に、ここなのか……?」
ゴウが、錆びついたフェンスを見上げながら呟く。
「間違いありません。暗号の『鉄の蛇が眠る場所』は、ここを指しているはずです」
ユキが、地図アプリと辺りの風景を見比べながら答えた。
俺たちの導き出した答え。それはこうだ。
『日没の街』――日没の時刻。
『鉄の蛇が眠る場所』――この地下鉄廃駅。
そして、最も難解だった『十三番目の影が、偽りの壁に真実の道を示す』。
これは、「日没の時、この場所から見える十三本目の電柱の影が指し示す壁に、ダンジョンへの入り口が隠されている」というものだった。
あまりにゲーム的な発想。だが、この世界では、それが正解になりうる。
俺たちはフェンスの切れ目から敷地内に侵入し、息を潜めてその時を待った。
やがて、太陽が西の空に傾き、街が茜色に染まり始める。周囲の建物の影が、ぐんぐんと長く伸びていく。
「シュヴァさん、あれです!」
ユキが指さした。見れば、駅から少し離れた場所に立つ、十三本の電柱。そのうちの一本の影が、まるで道標のように、駅舎の古びたコンクリートの壁の一点を指し示していた。
俺たちは、その壁へと駆け寄る。
そこは、見たところ他の場所と何ら変わらない、ただの壁だ。
「本当にここで合ってるのかよ……」
ゴウが壁を叩いてみるが、硬い感触が返ってくるだけだ。
日没まで、時間がない。影がずれてしまえば、入り口は二度と見つからないかもしれない。
俺はエーテルグラスを装着し、『AO』にログインした。ゴウとユキもそれに続く。
『Schwarz Ritter』として世界を見た瞬間、俺は息をのんだ。
ただの壁にしか見えなかったその場所に、うっすらと魔法陣のような紋様が浮かび上がっていたのだ。
「これだ……!」
俺は壁に手を触れ、ゲームのコマンドを意識する。
――調べる。
瞬間、壁に描かれた魔法陣が眩い光を放ち、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。コンクリートの壁が、まるで水面のように波打ち、その中心に闇へと続く渦が生まれる。
「うおっ!?」
「開いた……!」
「行くぞ!」
俺たちは躊躇うことなく、その渦の中へと飛び込んだ。
体がねじれるような奇妙な浮遊感の後、俺たちの足は硬い地面を捉えた。
そこは、現実の廃駅の風景と、ゲームのダンジョンが見事に融合した、異様な空間だった。
カビ臭い空気。壁から滴る水の音。現実の廃墟の要素。
その一方で、天井からは不気味な紫色の水晶が突き出し、線路の脇には骸骨やゾンビといったアンデッドモンスターが徘徊している。
「こいつは……とんでもねえ場所だな」
ゴウがタワーシールドを構え、警戒を強める。
「皆さん、気をつけて。トラップの気配がします」
ユキが弓を構え、鋭い視線を周囲に向けた。
俺たちはゴウを先頭に、ダンジョンの奥深くへと進んでいった。
アンデッドモンスターを蹴散らし、ユキが看破した床のトラップを避け、錆びついた階段を下りていく。
このダンジョンは、明らかに俺たちが今まで経験してきたものとはレベルが違った。モンスターの強さも、トラップの悪質さも、段違いだ。
だが、俺たちの連携もまた、以前とは比べ物にならないほど洗練されていた。
ゴウが敵の攻撃を一手に引き受け、ユキが正確な射撃で敵の陣形を崩す。そして俺が、魔法と剣でとどめを刺す。
『アイアンウォール』の絆が、この高難易度ダンジョンを突き進む力となっていた。
どれくらい進んだだろうか。
やがて俺たちは、広大なドーム状の空間、かつての駅のホームだった場所にたどり着いた。
その中央。
古いベンチに腰掛け、ノートパソコンのキーボードを叩いている一人の少年が、そこにいた。