第11話 傷跡
古の森に、静寂が戻っていた。
PKたちが逃げ去った後には、俺たちの荒い息遣いと、地面に突き刺さったままのユキの矢、そして赤く点滅するHPゲージのまま膝をつくゴウの姿だけが残されていた。
「ゴウさん! 大丈夫ですか!?」
ユキが駆け寄り、回復魔法をかける。だが、彼のMPはもうほとんど残っていない。HPの回復は遅々として進まなかった。
「くそっ、ポーションはもう……」
俺がインベントリを開くと、そこにはもう高価な回復ポーションのストックはなかった。PKとの戦闘で、ほとんどを使い果たしてしまったのだ。
「……すまねえ、二人とも」
ゴウが、絞り出すような声で言った。
「俺が、不甲斐ないばかりに……盾役のくせに、みっともねえ」
「何言ってんだよ。あんたがいなかったら、俺たちなんてとっくに全滅してた」
俺はゴウの肩を叩く。彼の言葉は本心からのものだろうが、それは違う。悪いのは彼じゃない。単純に、俺たちの力が足りなかった。それだけだ。
このままではまた同じことが起きる。
PKに襲われ、なすすべもなくアイテムを奪われ、無力感に打ちひしがれる。そんな未来が、容易に想像できた。
俺たちは、もっと強くならなければならない。
なんとかギルドホールに帰還した俺たちは、無言で床に座り込んでいた。勝利の余韻などどこにもなく、そこにあるのは敗北感にも似た重い疲労だけだった。
高価なアイテムの損失。精神的なダメージ。PK戦が残した傷跡は、想像以上に深かった。
沈黙を破ったのは、俺だった。
このままじゃダメだ。俺が抱えている情報を共有し、全員で危機意識を持たなければ、このギルドはいつか崩壊する。
「なあ、二人とも」
俺の静かな呼びかけに、ゴウとユキが顔を上げる。
「実は、お前らに話さなきゃいけないことがあるんだ」
俺は意を決して、全てを打ち明けた。
現実世界で、裸眼でモンスターを目撃したこと。
それが幻覚や気のせいではなく、他にも目撃者がいること。
そして、その情報を共有する、匿名の掲示板が存在することを。
俺の話を、二人は黙って聞いていた。突拍子もない話だ。信じてもらえないかもしれない。そう覚悟していた。
だが、俺が話し終えると、ゴウは腕を組み、深く頷いた。
「……なるほどな。どうりで、最近のニュースはおかしかったわけだ」
「え……?」
「ほら、原因不明の発光現象とか突風とかよ。あれ、全部ゲームのエフェクトみてえだなって思ってたんだ。まさか、本当にそうだとはな」
ゴウは、俺が思うよりもずっと冷静に、事実を受け止めていた。
ユキも、青い顔をしながら口を開く。
「僕も……もしかしたら、って思ってました。家の猫が、何もないところを見て唸ったりしてたので……。シュヴァさん、一人で抱えてて、怖かったですよね」
驚いた。彼らもまた、世界の違和感に気づいていたのだ。
俺が一人で抱え込んでいた孤独な恐怖が、仲間と共有された瞬間、少しだけ軽くなった気がした。
「その掲示板ってやつ、俺たちにも見せてくれ」
ゴウの真剣な眼差しに、俺は頷いた。
俺たちはもう、ただゲームを楽しむだけのプレイヤーじゃない。
この世界で何が起ころうとしているのか。それを知るための、同じ目的を持つ仲間なのだ。