第7話「リムジンの静かな攻防」
私は再びドレスに着替え、IVORYの前で完璧に振る舞う。
「空港までお送り致します」
地方での撮影を控えるIVORYに提案した。御影邸を出たIVORYは、リムジン数台で空港まで向かった。
律希、IVORYのマネージャー、私、そして柊哉──4人が対面に並ぶ車内は妙に緊張感があった。
車が走り出してすぐ、私は緊張していた。とてつもなく。でも、こんなチャンスは滅多にない。さっきドレスに着替えてる間に聞きたいことリストを脳内で作成しておいた。
「律希さんは、朝食に何を召し上がれたんでしょうか」
「え!朝ごはんですか…えーと、普通にパンですかね」
「ふふ。そうなんですね。ちなみにどこのどのようなパンでしょうか」
「えっと…コンビニで買ったロールパンです!」
「まあ。そんな、ご自分でご用意されて……」
「あっ、いえ、僕が選んだわけじゃなくて!マネージャーがついでに買ってきてくれて…ほんと自分ひとりじゃなにも出来なくて、メンバーにもマネージャーにも世話になりっぱなしです。」
「ふふ。律希さんは、思っていた以上にずっと謙虚な方なんですね。これからお忙しくなると思うので、お食事には気を使ってくださいね。
そうだ、これ私の連絡先です。なにか私にできることがあれば、いつでも頼ってくださいね」
律希は名刺を受け取ると、慌ててお礼を言った。
「とんでもないです!!本当によくしていただいて、これ以上はなにも……」
そのとき柊哉が、大事に握られた名刺をスっと奪った。
「こちらはマネージャーさんが持っておいた方が良いですね」
名刺がマネージャーの手にわたってしまう。こいつ…余計なことを…。冷静な私はふぅと息を吐き、笑顔に戻った。
「それもそうですね」
そのとき、柊哉のスマホが鳴った。
「──失礼。少し、電話を」
柊哉はスマホを耳に当て、淡々と業務的なやり取りを続ける。
「……はい。明日は10時には出発いたします。ええ、問題ありません」
通話が終わると、柊哉は静かにスマホをしまった。そして一瞬律希の方に視線をやったあと、私の耳元へ顔を寄せてきた。
「──さっきの“執事”、もう少し背筋を伸ばしたほうが良かったですね」
……柊哉、あとで覚えてなさいよ。というか、律希に聞こえたらどうするのよ。って、こっち見てるじゃない?!……あれ……でもキョトンとしてる。絶対わかってない…。かわいいなもう。
そのあと、車内に言葉は落ちなかった。私も、律希も、柊哉も──それぞれの思惑を抱えたまま、リムジンは静かに空港まで走り続けた。
空港に着くと、IVORYと私たちはリムジンから降りた。出発ロビーの前で立ち止まり、自然と挨拶の流れになる。
「今日は本当にありがとうございました」
律希が少し深く頭を下げた。
「とんでもないです。お仕事、頑張ってくださいね」
私は微笑み返しながら、胸の奥でまた鼓動が速まるのを感じていた。メンバーたちも口々にお礼を言い、マネージャーが軽く会釈をする。
「また機会がありましたら、よろしくお願いします」
柊哉が代表して答えると、IVORYの一行は搭乗ゲートの方へと歩き出した。その背中が小さくなっていくのを、私はしばらく見送っていた。
***
「……あの二人、絶対なんかありますよね?」
搭乗ゲートに向かってる途中で、律希の隣でマネージャーがぽそっと呟いた。
「え?」
「いや、雰囲気っすよ。付き合ってるんですかね……」
「……そうなの?」
律希は曖昧に笑ったまま、2人のやりとりを思い出していた。
自分の“ファン”が目の前にいることに気づかないまま、律希の中に、リマという存在が、ゆっくりと輪郭を持ち始めていた──
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