第5話 「推しとの初対面」
扉がゆっくりと開く。広い玄関ホールに、柔らかな陽光が差し込む中、黒いスーツに身を包んだ4人の青年が立っていた。その中心、真正面にいたのは──月島律希。
私は、心の中でその名前を唱えながら、微笑みだけを顔に浮かべた。
「本日はお忙しい中、ようこそお越しくださいました」
完璧な姿勢。完璧な声。完璧な礼儀。“ただのスポンサー”として振る舞う。その内心では、心臓がうるさくて仕方がない。律希が、目の前にいる……なにこれ夢?少年の面影を残した、中性的で美しい顔立ち。彼が笑顔を見せる。その瞬間、私の胸に静かに熱が灯る。やっぱり……間違ってなかった。あの日、私が信じた光は、本物だったんだ。
宗一郎が間に入り、和やかな挨拶が交わされていく。
「こちらはうちの一人娘、リマです。Pommeの事業にも少しずつ関わってもらってるんです。IVORYのこともリマから聞いて…」
「お父様」
軽く言葉を遮る。
「……父は音楽関係に疎いですから。私は助言をしただけです」
控えめな言い回しと完璧な微笑み。どこからどう見ても“ただの社長令嬢”。その裏に潜む熱に、誰も気づいていない。応接室へ案内すると、使用人たちが紅茶と焼き菓子を用意していた。
律希を含むIVORYのメンバーは、最初こそ緊張していたが、父のフレンドリーさに徐々にリラックスしていく。その中で、1人のメンバーがふと口を開いた。
「Pommeさんのおかげです。無名だった僕たちがこんな素敵な場所に来れるなんて…本当に感謝してます」
「ほんと、まさか自分たちがトレンド入りする日がくるなんて……」
メンバーたちの素直な言葉に、父は微笑んだ──けれど私は、違った。目の前の会話なんて、まるで耳に入らない。……はぁ……律希、かっこいいなぁ……お肌もきれい……
彼のあまりの美しさに油断した。うっとり見つめすぎてしまった。すると彼と目が合った。ほんの一瞬。私は思わず視線を逸らしてしまった。まずい……今の絶対不自然よね……
「コホン……」
私は小さく咳払いをし、そのまま笑顔に戻った。顔の火照りはなかなか取れなかった。
食後の歓談が続く中、父がふと思いついたように言った。
「せっかくだし、サインを書いていただけないでしょうか?使用人たちの中にもファンがいてね。 ねぇ、リマ?」
「……え、ええ」
「リマも頂いたら?」
「…わ、私は庭のお手入れがありますので」
「え?そうなの?」
しまったーーーーー!!!!私のおバカさん!!!なに言ってるのよ!!!
「じゃあ、みんなこっちに並んでね〜」
嬉しそうにメイドや執事を呼び寄せる父。私は紅茶を一口飲んで、静かに目を伏せた。
私もほしいって言えばよかった…なによ庭のお手入れって…そんなのしたことないわよ…でも、どうしても諦められない。よし……!
「……失礼いたします。少し席を外させていただきます」
静かに立ち上がり、部屋を出た。そのまま使用人たちの控え室へと向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ぜひ感想やブクマで推してくださると嬉しいです( ; ; )