第15話「アフターパーティーの距離感」
IVORY×NOIRのコラボ特集が公開されてから数日。SNSでは「伝説的ビジュ」「映画かと思った」と話題がやまず、ファッション誌は即日完売していた。
その成功を祝して開かれたアフターパーティー。場所はPommeグループが運営するホテルの最上階。煌びやかなシャンデリアの下、夜景が広がるフロアには音楽と笑い声が柔らかく響いていた。
私は黒のワンショルダードレスをまとい、シンプルなゴールドのアクセサリーを添えていた。背筋を伸ばして歩けば、視線が自然と集まる。けれど私はそれを気にすることなく、グラスを手にドリンクカウンターへ向かった──そのとき。
「リマさん!」
少し離れた場所から、軽やかな声が響いた。振り返ると、グラスを片手にした律希が、まっすぐにこちらを見て笑っていた。
「お久しぶりです。やっぱりスーツの時と雰囲気が変わりますね。ドレスも似合ってます!」
「……ありがとう。そんなに褒めても、なにも出ないわよ」
冗談めかして返したのに、彼は屈託のない笑顔を崩さず続けてくる。
「いや、本当ですよ。そうだ……あの撮影のときも、リマさんが的確に指示してくださったおかげで、すごくやりやすかったです」
「……私はただ場所のことを知っていただけ。皆さんの力があったから、ああいう写真になったのよ」
さらりと答えたつもりだった。けれど、気づけば彼の視線はまっすぐ私に注がれていた。
──え……近い、近い……
胸の奥がざわつく。思わずグラスを傾けて気持ちを落ち着けようとした。
「でも、リマさんが現場で指揮してるの、すごくかっこよかったです」
「…………かっこよかった、ですか?」
その笑顔を前にしたら、どうしても冷静ではいられなかった。言葉にした途端、自分の独占欲が形を持ってしまいそうで、怖くて。
「はい。ああいう姿、僕、見たことなかったので」
視線が合う。その瞬間、心の奥で何かがふっと崩れていった。
「……私も、思ってました」
「え?」
「あなた……その……撮影のとき……」
言葉が喉につかえて、でも引き返すことはできなくて。私は目を逸らしながら、それでも小さくはっきりと口にした。
「……かっこよかった、です」
律希の表情がわずかに和らぐ。その笑みを見た途端、耳まで熱くなるのを感じた。
──なに言ってるの、私……落ち着いて、冷静に……!
動揺を隠すようにグラスに口をつけると、律希がふいに声を落とした。
「撮影のとき、一緒にいた人……執事さんですよね?」
「……ええ。柊哉。私の秘書兼、ボディガードみたいなものよ」
「……仲、良いんですね」
グラスを持つ手が、一瞬止まった。
「……どうして、そう思ったの?」
「なんとなくですけど、リマさん、いつもより楽しそうに笑ってる気がして。……僕と話すときと全然違うなって思って。……そんなの、当たり前ではあるんですけど!」
冗談めかした口ぶりだった。けれど、そのまなざしはまっすぐで、心の奥を探られているように感じられた。
私の話す声、大きかった?たまたま視界に入っただけ?それとも、私のこと、見てた?
あの後、律希が私に「チョーカーを付けて」って言ってきたのは、偶然?もしかしたら──
ほんの一瞬、息が止まる。
「彼とは昔からの付き合いなの。ただの……家族みたいなものよ」
自分でも驚くくらい、早口になっていた。
律希は何も言わなかった。ただ、目を逸らさなかった。
その瞳が──どこか信じたくなさそうに揺れて見えたのは、きっと気のせい。
パーティー会場の片隅で、私と彼の距離はほんの少し縮まった、ような気がした。
けれど、その感情にはまだ名前がなく、ただ胸の奥で静かに揺れているだけだった。
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