第14話「触れた髪と独占欲」
撮影は順調に進んでいた。神社の静謐な空気に、NOIRの衣装、そしてIVORYの存在感が完璧に調和していた。
それを誰よりも理解していた私は、撮影スタッフに的確な指示を出しながら、終始冷静に立ち回ることができた。
──ただし、外側は、である。
……律希……ちょっと、ビジュアル良すぎませんか……ロングの金髪、鋭さの中に繊細さを感じる目元、ふとした瞬間に手で前髪を払う仕草。はあ……あれはもう、国宝……
表情ひとつ変えずに現場を動かしながら、内心では律希のビジュアルに悶えていた。これに耐えられている自分を、むしろ褒めてやりたいくらいだった。
そんな私の“限界オタク心”をよそに、現場の空気はさらに緊張感を増していた。撮影はクライマックスに近づき、スタッフの動きも忙しくなってくる。
「あっ、ごめんなさい!」
忙しさの中、すれ違おうとした瞬間、私は誰かの胸にぶつかった。
見上げれば──そこには、柊哉がいた。いつも無表情な彼が、ほんのわずかに眉を寄せ、私の足元へ視線を落とす。その目は一瞬で全身を確認し、安全を確かめるように動く。
……あ、これは……
「……ちゃんと前見て歩いてください。転びますよ」
低い声とともに、私の肘をそっと支える手が添えられる。柊哉の過保護モードだ。これに捕まると、何もさせてもらえない。そのうち、おんぶされる。
「平気よ。それよりあそこのスタッフさんに、この資料渡してきてくれる?」
唐突な指示に、柊哉がほんの一瞬だけ目を細める。
「……俺を撒こうとしてません?」
「…………何のことかしら?」
軽く笑ってごまかしながら、私は柊哉の手をすり抜ける。せっかく解放されたこの数秒、無駄にはできない。
その瞬間、視界の端に律希の姿が入る。カメラチェックの合間、首元のチョーカーを押さえ、きょろきょろと周囲を見回している。チョーカーに何か不備があるのかも。
スタイリストを探すと、彼らは別のメンバーの直しにかかっていている。他のスタッフたちは皆、撮影の準備や機材移動で忙しそうだ。
──と、その視線が、まっすぐこっちに向く。
「……リマさん、これ……つけ直してもらえますか?何度やっても落ちてきちゃって……。」
……え、私?一瞬きょとんとしてしまう。
見上げると、長い金髪が頬をかすめ、光を透かして揺れている。その端正な顔立ちの彼が、自分では何もできない赤子のように思えて、愛おしくなった。
胸がふわりと浮く感覚に襲われて、気がつけば手が伸びていた。
「……後ろ、向いてください」
ほんの数センチの距離で、指に金髪がふわっと触れる。彼の背中は予想外に肩幅があり、香水ではない、かすかに甘い香りがした。それだけで、心臓のリズムが一拍ずつ乱れていった。
「これで、どうですか?」
「いい感じです!全然落ちてこない!」
律希はその場でジャンプしている。本当にこの人は……顔と行動が見合っていない。でも、その飾らない性格が、なにより魅力的だった。
「ふふ。良かったです」
私は初めて、あの背中を独り占めしたいと思ってしまった──
撮影が無事終了したあと、仕上がった写真は即日編集部へと送られ、数日後にはIVORYのビジュアルがSNSに解禁された。
「衣装完璧すぎない!?」
「神社のロケやばすぎ」
「NOIR×Pommeってやっぱり最強すぎる」
「ていうか律希……進化しすぎでは?」
「金髪ロングで息止まった」
「今回のビジュ、伝説レベル……」
数えきれない絶賛のコメントが、トレンドを埋め尽くしていく。
私は、手元のスマホでそれらを眺めながら、そっと微笑んだ。……すごい。やっぱり、彼らは世界に届く。
そう思うほどに、自分の手が届かなくなる気がして──私は、ほんの少しだけスマホを伏せた。
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