第13話「視線を奪う」
撮影開始の10分前。
神社の境内では、スタイリストや照明スタッフたちが慌ただしく動いていた。けれど、導線の確認が甘かったのか、NOIR側スタッフと撮影チームの動きが一部ぶつかっていた。
「こっちの通路、もう少し空けてもらえますか!照明入れないと——」
「でも衣装の移動が……!」
私は遠くからその様子を見ていた。本来なら、関係者として静かに見守るだけのつもりだった。気付けばさっきまで緊張していた体が嘘のように、勝手に動いていた。
「すみません、それ、社殿側の通路を使った方がスムーズです。自然光の入り方もそっちの方が綺麗に入ります。」
現場の空気が一瞬止まった。あっ、やっちゃった……。
「……すみません!!余計なことを……!」
私は頭を下げた。けれど、撮影ディレクターが私の言葉にすぐ反応してくれた。
「いや、確かに。そっちの方が理にかなってる。照明も調整しやすい」
──えっ、受け入れてくれた?私の頭が一瞬真っ白になったあと、喉の奥から湧きあがるのは、“だったら、もっと良くしなきゃ”という感情だった。
そこから先は、私が“現場の指揮者”になっていた。落ち着いて。ここは“推しのための現場”──絶対、良いものにするんだ。
「衣装のケアはあのスペースでまとめてください。移動中に布が擦れると質感が変わるので」
「モデルの立ち位置、木漏れ日の入り方に合わせて5センチ後ろに。目線が光を受けやすくなります」
「社殿前は午後になると光が強くなるので、先にそのカットを済ませておいた方がいいです」
私は撮影スタッフと並んで動き回った。何が必要で、何が邪魔になるのか。どこに立てば最善か。すべて、経験で知っていた。
周囲から、小さな声がちらちらと聞こえてくる。
「……あの人、Pommeのご令嬢なんだよね?」
「現場も回せちゃうのか、やば……」
聞こえてないふりをするのも、もう慣れてきた。今はそれより、撮影の進行と衣装のチェック。私が手を止めたら、全部が止まってしまうから。
ちら、と境内の端を見ると──律希と、目が合った。
あ……。
思わず、ほんの一瞬、息が止まった気がした。もしかして私のこと、見てた…?けれど、それはあまりにも自意識過剰で、少しだけ、恥ずかしくなった。
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