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円形脱毛症になったら、世界が終わってしまった。

作者: 唐揚げ

「俺、円形脱毛症っぽいんだけど、どうやら、普通のとは違うみたいなんだ」


 小学校からの幼馴染、豊田は僕にそう開口一番、告げてきた。

 幼馴染と雖も連絡を取ることはあまりしなかった。時折、月に一度くらいは映画でも見に行こうかとか、ご飯でもどうかという感じでお互いにどちらともなく声をかけるような形で顔を合わせるようにな程度の付き合いであった。しかし、かと言って、友情が崩れるわけではなく、互いに、ひっそりと応援をしたりしていたのである。

 特に私が地方国立大の医学部に合格した折には、わざわざ新幹線を乗り継いできてくれ、万年筆をプレゼントしてもらったのは嬉しかったものだ。こうやって、豊田が婚約し、念願の一軒家を郊外に購入したというので、私がお祝いに酒を持ってくる程度には、やはり、友情が続いていた。


「円形脱毛症?」


 私はテーブルを挟んで、豊田と向かい合う。

 豊田は、首を縦に振った。

 確かに家に入ってからも気になってはいた。と、いうのも、家の中には豊田一人しかおらず、婚約者の姿が見えなかったのだ。郊外の一軒家を、婚約者とともに暮らすために購入したのであれば、一人で暮らすというのは妙な話だ。また、家の中だというのに、ニット帽をかぶっているのも気になった。


「あぁ、まぁ、それでちょっと見てほしいんだけども。でも、見てほしくないというか」

「なんだよ、それ。まぁ、診せてくれ」


 じゃあ手を出してくれ、と、豊田は言う。何を言い出すのかと不思議に聞きながらも、手を出す。

 豊田は突然に、ビニールテープを取り出して私の手首をテープでぐるぐる巻き始める。そして、そのままに私の手をテーブルに固定した。一体何をするのかと驚きの声を出したが、豊田は真剣そのものの顔をしている。そして、私へと背中を向け、深呼吸の後、意を決したかのように、ニット帽を外した。


 頭のちょうど、つむじから見て下に五センチほどの所には円形に髪の毛がなかった。


 ちがう。

 そこ一体が黒く空間が広がっているのだ。と、同時に、その空間へと向かって周囲の空気が吸い込まれていく。

 ブラックホール。

 子供の頃、プラネタリウムを見に行った時に、同時に展示されていた科学の図解において説明されていたブラックホールが思い浮かんだ。まさしくそれだ。私の身体も、今、そのブラックホールへと吸い込まれそうな惹きつけられる力を感じている。

 ばっとニット帽を豊田はかぶり直す。


「どうだった?」

「いや、何もわからん」


 私の返答に豊田はがっくりと肩を落とし、それから事情を話し始めた。

 なんでも少し前にこうなったらしい。朝起きると枕が頭にくっついたままだった。そして、以降、色々なものがブラックホールへと吸い込まれていき、婚約者もこのブラックホールへと飲み込まれていってしまうのではないか、と心配になり、今は距離を置いているそうだ。これでは仕事もできず、今、有給を使って仕事を休んでいるそうだ。

 私はあくまで皮膚科医でしかない。ブラックホールは専門外だ。


「でも、ニット帽で防げるなら、カツラを作ってはどうか? それで蓋をして生活する。それしかないんじゃないか」

「そうだよなぁ。ありがとう。参考になったよ」


 豊田は少しだけ元気を出したようで、力なく笑った。

 私としては友人の力になれず、申し訳ない気持ちがずっと残ってしまう。

 だが、私のアドバイスは十分に効力があったらしく、豊田はカツラをつける事で日常生活に戻ることができた。

 かくして、豊田の結婚式の日がやってきた。私ももちろん、参加し、式は滞りなく順調に進んだ。カツラを被ったままであるということは、誰にも気づかれていないようであるし、とくにトラブルにもなってい無さそうだ。親戚かの子供が結婚式場が退屈そうで時間を持て余している様子を見ながら、私はちびちびと酒を飲んだ。


「豊田、おめでとう」

「ありがとう」


 各テーブルを回ってきた時、私は豊田に声をかけた。

 と、その時、私のポケットから万年筆が落ちた。それを拾おうと、豊田が屈む。

 そこに子供がぶつかった。退屈な式に嫌気がさして遊び始めたのだ。

 拍子でぽろり、とカツラが床へと落ちた。


 私が、新婦が、結婚式が、ブラックホールに飲み込まれ始めた。

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