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恩義と下心ではどちらが大きいか



***



「んで、アンタも同じなんでしょう?死にかけの身にアメリアの魔力はたまらなかったでしょうね」


 アメリアの魔力を食べて満足そうに腹を見せるヘルハウンドにピクシーは声をかける。


「んっ? そうすね! すげえ美味かったっす!」


 命の味はさぞかし美味かっただろう。ヘルハウンドもまた消滅の危機にあったと話し始めた。


「悪魔召喚の儀式をおこなった術者が、途中で失敗して俺だけこの世に取り残されちゃったんです……」


 ヘルハウンドは人間が悪魔を呼び出した時に共に現れる。

この魔物も儀式によって地獄からこちらの世界にわたってきたのだが、その儀式が途中で失敗してしまったのだ。


「俺の後ろで地獄の門がバターン! って閉じちゃったんすよ。もうね、えー! 嘘でしょー!? 叫んだけど門は消えちゃうし、呼び出した奴にお前もっかい儀式やり直せって言ったら死んでるし、あの時の絶望ったらないですよ」


 悪魔を召喚できないまま地獄の門は閉じ、術者は魂を取られ死んでしまった。足を踏み出していたこのヘルハウンドだけが現世に取り残されてしまった。

 現世から地獄へ干渉する術は、再び人間が儀式を行い地獄の門を開いてもらう以外に方法がない。その術者は死んでしまった。現世に存在しないはずのヘルハウンドは、地獄との繋がりを絶たれ消滅するのを待つだけだった。

段々と力を失い巨大な黒犬の体は力の衰えと共にちぢんでいき、やがて小さな子犬程度の体になってしまった。


「そこで偶然アメリアに助けられるんだから、アンタ運がいいなんてもんじゃないわね」

「そうなんすよ~抱き上げられた瞬間、頭から魔力をバケツでぶっかけられたみたいな感じがしましたよ! アメリアさんのおかげで俺、この世に顕現できたんです」


もうすぐ塵となって消える寸前の状態で野犬に追いかけられていた時、アメリアに助けられた。


「命の恩人を探すためにアチコチで聞きまわったんですけど、アメリアさんって魔物の中じゃ有名人なんですね。みんな彼女の魔力を食いたがってるけど、全然つけ入るスキがないって」


「そうだね。いろんな魔物があの手この手で誘惑しているけど、この人どんな魅惑をつかってもガン無視なんだよ。唯一小さい生き物には気が緩むみたいで、うっかり手を貸しちゃうんだよねえ」


 ケット・シーがベッドの上で丸くなりながらヘルハウンドの話に相槌を打つ。皆も彼の言葉にうんうんと頷くのは、とにかくアメリアを狙う魔物がどれだけ多いか身をもって知っているからだ。


 最初、人里離れた森のなかに一人ぼっちで住み始めた変わり者の人間のことなど、森に住む魔物たちは気にも留めていなかった。

 アメリアはいつも気配を消して行動していたので最初気付かれなかったが、ふと彼女の近くを通り過ぎた魔物が、彼女から立ち上る魔力に気が付いた。

 魔力がある。ああ、ならばただの人間じゃなく、魔女の系譜なのだろうと気付く。それと同時に、その魔力が異様に『美味そう』に感じたのだという。


試しにすれ違う時にこっそりと彼女の魔力を舐めてみたところ、ほんのわずかでも異様なほど美味だったらしい。

最初に気付いた魔物がその話を広めるまでもなく、アメリアのその不思議な魔力のことは魔物たちの間で噂にのぼるようになっていた。

 

 人の生気や魂を奪う怪異もいるが、魔女の力が魔物のエサになるなどという話は聞いたことが無い。

そもそも魔物にとって魔女は天敵で、出会えば祓われるか使役されるかのどちらかと魔物の間では警戒されているので、わざわざ近づこうとする者はいなかった。

だが実際、彼女の魔力を舐めた魔物は、『美味くて力がみなぎる』と主張している。

ならば自分もその不思議な魔力を食してみたいと、魔物たちはこぞって彼女に近づこうと躍起になった。


 だがアメリアは普段ほとんど家の敷地からでてこない。


魔物とよく遭遇するようになってから、家の周囲には獣避けと別に魔物避けの魔法もかけられるようになったので、招かれざる者は入ることができない。

 時々町へ行く時などに森を歩く時も基本的に気配を消して歩いているので、彼女を捕まえるのは至難のわざだった。

 

 最初にピクシーがアメリアの家に訪れた時、家の周囲には魔物避けの術がかけられていた。呪符を用いた簡単なものではあったが、雑魚魔物は近寄ることもできずに周囲をうろうろしていた。

 だが先日まで死にかけていたピクシーでも突破できる程度のしょぼい術だ。名のある強い魔物が来たらひとたまりもないだろう。ピクシーからすれば、アメリアは野犬の群れに放り込まれた赤子ぐらい無防備で危険な状態に思える。


(アタシが守ってやらなきゃダメね)


 今はまだ、森の魔物の間にだけ噂に上る程度だが、いずれよくないものを呼び寄せてしまうかもしれない。ならば恩返しに彼女を自分が守ってやろう。そう決意したピクシーは勝手に家に住み着くことにした。まあ、そばにいれば魔力を食べ放題だという下心があったのだけれど、それに関しては護衛の必要経費だと考えている。


 その後に現れたサラマンダーとケット・シーも、魔物避けの術を越えて侵入してきたのでそれなりに力のある魔物だと判断して、ピクシーがアメリアに害をなさないならここに置いてやると言って受け入れた。

守りは多いほうが良い。彼らもまた魔力の恩恵にあずかりたいという欲があれど、その根底には命の恩人に対して感謝の念を抱き、彼女を守りたいというピクシーの意見に心から賛同しているのが分かったから受け入れたのだ。


 恩返しと称して転がり込んだ彼らは、現在森の魔物たちには『魔女の用心棒』として恐れられている。アメリアの魔力を定期的に摂取できる環境を手に入れたため、ますます魔物としての進化が進み力をつけている。


 彼らが力をつけるほどアメリアの噂は広まっていき、様々な魔物が今でも近づこうとしてくる。なかには魔力のおこぼれなどといわず丸ごと食ってしまおうとする危険な者も出てきたので、それらは彼らが見つけ次第抹殺している。


「ヘルハウンド君はアメリアが助けた相手だし、索敵能力に長けているから僕らも招き入れたけど、君もルールを破ったら出て行ってもらうからね」


 ケット・シーの丸い瞳がキュウっと細くなる。その顔を見て新参者のヘルハウンドは尻尾を丸めながらコクコクと頷いた。


「俺だって、命の恩人を守りたくてここまで来たんです。恩を仇で返すような真似はしませんよ」


 魔物たちの会話に気付くことなく穏やかな寝息を立てる恩人をじっと見つめながらヘルハウンドは呟くように言った。


 アメリアは『恩返しされるほどのことをしていない』と常日頃言っているが、ここにいる魔物たちにとって彼女は文字通り『命』を救ってくれた恩人なのだ。

こうしてせっせとアメリアから溢れる魔力を頂いているのは、彼女を狙う悪意ある魔物から守る力をつけるためだ。


 彼女は自分が狙われているなんて夢にも思わないだろう。

 自分の魔力が魔物にとってはごちそうになることも、居候たちが陰でアメリアを守っていることも、こうして毎夜、居候たちが交代で魔力を食べにきていることも、彼女は知らない。



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