美味しいご主人様
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「……暑い」
その夜、猛烈な蒸し暑さを感じてアメリアは目を覚ました。
今の季節は春。朝晩はまだ肌寒い日々が続いているのに、何故こんなにも暑いのか。
喉の渇きを覚え、身を起こそうとした時、がっちりと誰かに抱き込まれていて身動きが取れないことに気が付いて、アメリアは叫び声をあげた。
「……ぎゃ――――!」
叫び声にアメリアを抱き込む人物が目を覚まし、寝ぼけながら半身を起こした。
「うるさ……え、なに?まだ夜中じゃん……」
「なっ、なんでベッドにサラマンダーがいるの! で、出て! ここ私のベッド!」
ベッドに入り込んでいたのは炎を司るサラマンダーだった。怒り狂うアメリアに対し、呑気にあくびをしている。
「なんでってぇ……今日寒いからあっためてやろうと思って。気が利くだろ?」
アメリアのためにしたのに~と口を尖らすサラマンダーは、トカゲの姿ではなくヒト型をしている。
赤い髪に赤い目の、でかい図体の人間(にしか見えない)。
というかサラマンダーもピクシーも、魔物の時とヒト型の時と質量が全く違うのに、触れてみると完全に実体として存在している。
居候の魔物たちは、普段ヒト型でいることが多い。
魔物の姿の頃より確実に幅を取るし、家の中が狭くてしょうがない。だから小さい魔物の姿でいてくれと頼んでいるのに、人の姿は動きやすくて家事がしやすいといって人化したままのことが増えている。
彼らの擬態は完璧で、はっきり言ってこれを魔物と見分けるのは見鬼の才があっても難しいのではないかと彼らを見ながら思う。
(ひょっとして、今までも気付けなかっただけで、ヒトとして暮らしている魔物が世の中にはたくさん潜んでいるのかも……?)
そんな考えが頭をよぎり、背筋に冷たいものが走る。
アメリアがふと物思いにふけっているうちに、サラマンダーは呑気にあくびをしてもう一度寝ようとしている。
「待って、寝ないで。ベッドから出て行って。熱くて蒸し焼きになるかと思った。頼んでない。今日寒くない」
「あーちょっと暑かった? ごめんごめん調整気を付けるから、もう寝かせて……眠い」
ひときわ大きなあくびをかますとサラマンダーはまたアメリアを抱き込んでコテンと寝てしまった。
「ちょ……寝たらダメ! ていうか離して!」
腕から逃れようとジタバタしていたら、さっきの叫び声を聞いたほかの魔物がアメリアの部屋に入ってきた。
「なあに~。あら、サラマンダーに添い寝してもらってるの? 今日寒いものね。アタシも入れてぇ」
「えーじゃあ僕も入れてよ~仲間外れはいけないよー」
「もう平等に全員一緒に寝たらいいでしょう」
ピクシー、ケット・シー、ヘルハウンドが勝手に話を進めている。
このベッドはおひとり様用だから無理……と拒否する間もなく全員がアメリアのベッドにどっすんと乗っかってくる。文句を言う間もなく彼らは「おやすみなさ~い!」と言ってさっさと眠ってしまった。
いや、こんなぎゅうぎゅうで寝られないし……とアメリアは心の中で一人ツッコミをして、手近にあったヘルハウンドの鼻先をペシッと叩いてみたが、『きゅ~ん……』と悲しそうな声を出されてしまい、心が痛くなったのでたたき起こすことができなかった。
ヘルハウンドだけはまだ人化できないようで、今も犬の姿なのだが、家のサイズに合わせて中型犬くらいの大きさになっている。小さくなったヘルハウンドは、普通に可愛い犬に見えるので、アメリアは強く出られない。
ケット・シーも普段は少年の姿と猫の姿を上手に使い分けている。
アメリアが動物や子どもを邪険にできない性格なのを分かって、我儘や無理を通したいときはわざと姿を変えるというあざとい技を使ってくる。
可愛い子猫の姿を見ながら、本性は老獪な化け猫のくせに……と心の中だけで毒づく。
「魔物は別の姿になれるからいいよね……」
生まれ変わるなら自分も次は魔物がいい。輪廻の輪が怪異にも成立するのかは知らないけど。
アメリアは、恩寵は受け継がなかったくせに容姿だけは母によく似ている。
薄い紫色の髪と目は、母メディオラと全く同じ色味で、一族の年寄りたちが言うには、アメリアは母の若い頃に瓜二つだという。
メディオラの子たちのなかで、最も顔が似ていたせいで、それゆえに一族の者たちもメディオラの力を強く受け継いでいるはずだと思い込んでしまった。
兄姉の誰よりも母に似ているのに、出来損ないであるがゆえに余計に彼らに嫌われた。
一族から絶縁されたが、魔女や魔女と付き合いのある人間が見れば一目でメディオラの血筋だとばれてしまう。
だからこそ余計に人目につかないところで生活したいし、人と関わらずに生きていきたい。それを寂しいとは感じないし人と会話したいとも思わないし、ただただひっそりと自分の好きなように過ごしていきたいだけなのだ。
そんなことを考えているうちに、アメリアは狭苦しいベッドで魔物に挟まれながらいつの間にか眠ってしまった。
***
くうくうと規則的な寝息をたてているのを確認してから、ピクシーはアメリアの柔らかな頬に口づけた。
「ああ、可愛い。うちのご主人様は本当に可愛いわ」
「おい、お前だけ食いすぎだ。交代しろよ」
「うるさいわね。抜け駆けしたのはどこのどいつよ」
ピリッと火花を散らして、ピクシーがサラマンダーのおでこをはじいた。ビチッとはじける音と共にサラマンダーが壁際まで吹っ飛んでいく。
「ルールを守れないなら出て行ってもらうわよ。最初の約束を忘れたの?」
「わ、分かった。俺が悪かった。風呂上りにアメリアが寒そうにしていたからつい……抜け駆けしたわけじゃないんだって」
「どうだか。アタシたちが気付くまで、お腹いっぱい食べた(・・・)んでしょう?」
魔力を見れば一目瞭然だわ、ともう一度サラマンダーのおでこをはじいた。
「……すまん。溢れていたから、勿体ないと思って……」
しおしおと項垂れるサラマンダーに呆れていると、その横でこっそりケット・シーとヘルハウンドがアメリアの頬に吸い付いている。
「あっ、こら! まだあたしが食べてる途中なのによだれつけないでよ! アンタは足でも舐めてなさい!」
ポイっと放り投げられた二匹は、名残惜しそうにしていたが諦めてアメリアの足元でおとなしく丸くなる。
邪魔者を追い払って、ピクシーはすやすやと眠りこけるアメリアに向き直る。ぱちりと瞬きをして魔物の目で見ると、薄い膜が揺らめくようにアメリアから漏れ出た魔力が彼女の体を包んでいるのが可視化できる。
「アメリアは知らないでしょうけど、寝ている時は魔力が駄々洩れになるのよね……ホントごちそうさま」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、アメリアの体から漏れ出る魔力を食むように体内に取り込んでいく。とたんに体にみなぎっていく感覚がして、高揚感から自然と笑みがこぼれる。
アメリア本人は、こうして毎夜魔物たちに魔力という名のご飯を提供していることを全く知らない。
アメリアは無自覚に魔力を体外に放出しているのだ。
魔力量が多すぎて、小さな体に収まりきらない分がどばどばと溢れ出ている。
普段からたくさんの魔力を身にまとっているが、寝ている時は更に力が増して、体内から溢れてしまっている。
だから彼女の近くにいるだけでも魔物は力が増す。直接触れれば更にその魔力を取り込める。最も効率がいいのが、こうして口から食べる方法である。
あくまで体から漏れ出た分だけをいただいているから、アメリアの魔力が削られるわけではないので本人は全く気付いていない。
こんな風に夜な夜な魔物たちが群がってきていると知ったら、アメリアはどんな反応をするだろうかと魔物たちは考えたことがある。
勝手にエサにされて怒るだろうとはヒトの感情に疎い魔物とて想像がつく。それをきっかけにアメリアが本気で自分たちを追い出そうと動くかもしれない。もしくは彼女のほうが姿をくらませるか、そのどちらかだろう。
だから黙っておくのが正解だ。
こうしてピクシーの魔法で眠りを深くし、魔物たちの動きに気付かれないようにするのが得策。
大事な住処と食料を失うわけにはいかないのだ。