追放されたら幸せになりました
アメリアの教育について決定権を持っていたのは、主に年の離れた長兄と長姉であったが、いくらなにをやっても何の成果も出ない事実に、次第に苛立ちをつのらせていくようになる。
どれだけ『才能無し』と結果がでても諦めきれず、頑張りが足りないから結果が出ないのだとアメリアを責めるようになった。
アメリア本人も、メディオラの娘なのだから絶対に何か特別な才能があるはずだ! と言われ続けてきたので、きっとまだ覚醒していないだけで頑張ればきっといつか結果がだせるはずと信じて努力してきた。
だが、本っ当に……まるっきり、アメリアにはなんの才能もなかった。
魔女教育によって一般的な魔女の魔法や薬の作り方は覚えて使えるようにはなったが、他の魔女に比べれば、子どもの手慰み程度のものにしかならなかった。
武術も学問も、思いつく限りのものをやらされたが、結局全て空振り。どれだけ努力しても、アメリアはどの分野においても『普通以下』の域をでない。せいぜい下の上。頑張っても中の下である。
もう最後のほうは、一族も教育係も意地になっていたのだろう。
これだけ時間と金をかけて教育したのに、全部無駄でしたなんて今更すぎるという空気がビシビシ伝わってきて、もう明らかになんの才能も無いよと分かってからは嫌がらせのような時間が続いていた。
こんな地獄のような勉強漬けの生活が続いて、そろそろ死ぬんじゃないかとアメリアが思い始めた頃、突然この生活が終わりを迎える。
成人の儀よりも前に、アメリアはチューベローズの一族会議に呼び出され、一族からの除名を宣告されたのだ。
「アメリア、お前をチューベローズの家名から抹消することが決定した。明日からは只人として生きていくがよい」
いい加減、無能がチューベローズを名乗っているのが許せないという声が大きくなり、一族から抜けてもらおうと満場一致で決定したそうだ。
アメリアが大魔女から生まれたという事実そのものを抹消するというのが、一族の決定だった。
メディオラの七番目の子がいたと言う事実はこの場を持って消され、アメリアは家名を捨て一族との関りを一切絶つという魔法契約書を目の前に差し出される。
契約書には、絶縁の項目のほかに、チューベローズ家の悪評を流さないとか、家名を利用して商売しないなどの細かい項目もあり、その中には結婚をするときは家長の許可を得るようにとか、勝手に国外に移住してはならないなど意味不明だったが、チューベローズ家の血筋である以上、子世代にメディオラの恩寵を持った子が生まれる可能性も捨てきれないからだと言われ、仕方なしに魔法契約書にサインをした。
「お世話になりました」
一応手切れ金として随分な額のお金を渡されたので、アメリアは反論することなく急いでその場から逃げ出した。
本来ならば、家族に捨てられてショックを受けて泣きわめいたり縋ったりするのが普通なのかもしれない。
だがこの時のアメリアは、解放感と喜びしかなかった。結界が張られている魔女の集落から走って出て行くと、余りの嬉しさに笑いがこみあげてくる。
「自由だ――――! やった――――!」
もう無能と罵られなくて済む! 鞭で叩かれない! 頭がよくなるという激マズ料理を毎食たべなくてもいいんだ!
ひゃっほーう! とうっそうとした森のなかでスキップするアメリアは、はたから見たらさぞかし不気味だっただろう。
けれど、少しの休息も許されずストレスで血を吐いても休ませてもらえない過酷な教育に心底疲れ切っていて、もう精神的にも肉体的にも限界だったのだ。解放されてちょっとおかしくもなるというものだ。
愛情なんて一ミリもないのに、頻繁に訪れてアメリアをネチネチネチネチいじくって勝手にがっかりしていく兄姉や親族たちに、親愛の情など抱けるわけもない。
だから絶縁を言い渡されて、喜びこそあれ悲しみなどひとかけらもありはしなかった。
そういうわけで、アメリアは何の未練もなく生家であるチューベローズ家とさよならしたのであった。
家を出たアメリアがまずしたことは、もらった手切れ金で辺鄙な場所にある一軒家を即金で購入することだった。
勉強はさんざんしてきたけれど、只人が暮らす市井での常識や暮らし方などは全く分からないため、どうやったら家を借りたり買ったりできるのか分からない。
仕方なく町役場に飛び込んで『住むところを紹介してほしい』とお金の入った袋を見せながら言うと、役場の人に子どもが家のお金を盗んで家出してきたと誤解され、大変な騒ぎになってしまった。
けれど、自分は魔女だと告げ子供だましのような魔法を披露すると納得してくれて、只人の暮らす町では魔女の存在は珍しいため、割と歓迎してくれて役場が管理する売り家を紹介してもらえることになった。
いくつかある物件のなかから、アメリアが選んだのは人里から遠く離れた森の中にポツンとある小さな家。
かつては炭焼き小屋だったその家は、あまりにも森の奥深く不便な場所にあるので、誰も買い手がつかず、長いこと放置されていたので驚くほど安かった。
魔女とは言え、若い女の子ひとりでこんなところで大丈夫なのかと親切な役場の人が心配してくれたが、魔女なので大丈夫と言って押し切って購入した。
そうして無事、アメリアは住む家を確保できたのである。
アメリアがこんな辺鄙な場所の家を選んだのは、とにかくただひたすらに、一人きりになりたかったからだ。
家にいた頃は、おはようからおやすみまでどころか、睡眠学習だと言われ、寝ている間も誰かしらそばに居て何かを耳から流し込まれ、無意識に発揮するスキルあるかもしれないと監視されるような環境に置かれていたのだから、もう一生誰とも話さず静かな生活がしたいと思うのは仕方がないことだろう。
あの生活でアメリアは人間に疲弊しきっていた。
なんでなんの才能も無いんだと散々責められたが、本人としては『しらんがな』としか言いようがない。自分に向かって吐かれる言葉は叱責か不満か罵倒だけだったので、誰かと会話をするのが苦痛で仕方がなかった。
そんな生活が十三歳まで続いたのだから、アメリアとしてはもうこの先はただ独りきりで人生を過ごしたい。
誰にも何も言われないで、一日中黙って過ごす時間が幸せすぎて、アメリアは齢十五にしてこれから先は死ぬまで孤独を満喫しながら生きていくと決めてしまっていた。
ただ、いくら手切れ金があるとはいえ、それで一生たべていけるわけでなし。手持ちがだんだん目減りしていくのは少々心もとない。自給自足で最低限生きていけるかと考えたが、いざという時のためにお金は残しておきたい。
最低限でいいから、稼ぐ術をかんがえなくてはならない。
そこで思いついたのが、魔女教育で習った知識を生かして、何か商品を作ることだった。
アメリアは何を学んでも全く才能を発揮しなかったが、それでも知識を生かして『そこそこ』の魔法を使うことができる。
魔女の魔法薬も、魔女向けのものとしてはとても売り物にならないが、只人向け――――魔法を使えない普通の人間向けとしてだったら、買ってもらえるのではないか?
とはいえ、自分で店を構えてお客さん相手に販売するのはコミュ障のアメリアにはまず無理だと判断したため。頑張って町のお店に足を運んで、自分の商品を買ってくれないかとお願いしにいった。
最初、挙動不審なアメリアに警戒していた薬屋の親父も、無料で見本をいくつか渡して
使ってみて欲しいと頼むと、無料サンプルをたくさん渡したのが良かったのか、商品を気に入ってもらえて、割と良い値段で買い取ってくれる契約をしてくれた。
最初ほとんど売れなかったアメリアの商品だったが、魔女の魔法薬を珍しがって買ってくれた人がリピート買いしてくれるようになって、じわじわと売り上げが伸びてきた。
買った人からの評判がよかったおかげで、今では薬屋の店主から、『お茶や化粧水も作ってくれないか』とさらなる商品の製造を頼まれるようになった。
大した売り上げではないものの、貯金に手を付けずとも暮らしていけるくらいの収入にはなる。時々町に商品を卸しに行くだけであとは人に会う必要もない。
誰にも煩わされない念願の孤独を満喫して、アメリアの生活は順調そのものだった。