出来損ないの魔女
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こんな風に魔物に住みつかれ、いいようにされているアメリアだが、実はこれでも魔女の端くれである。
この国では、魔女は職業としてちゃんと認められているので、普通なら占い屋や薬屋を開いたり、どこかの貴族のお抱えになったり、優秀な者であれば王宮に勤めたりするのだが、アメリアはそのどれにもなれなかった。
魔女の家に生まれた者は、必ずなにかしらひとつ、恩寵を持って生まれてくる。
魔女の系譜は、母親の家系が持つ恩寵を受け継ぐと決まっている。
それが魔女界の定説だった。
火の恩寵を持つ者は、火魔法を得意とし、水の恩寵を持つ者は、水の魔法と特別相性が良い。魔女は皆、自分が持つ恩寵の特性に合わせて魔法の才能を伸ばしていく。
だがアメリアは、魔女の系譜にもかかわらず、恩寵を持たずに生まれてしまった。
魔女の家系図上では、恩寵を持たない魔女は存在しない。
だがそれは、持たざる者は魔女として名を登録されないだけで、そのような子が産まれた場合、養子にだされたりして魔女の家から名前を抹消されるからである。
本来であれば、アメリアも持たざる者と判明した時点で、魔女の家から追い出され、只人として生きていくはずであった。
そうならなかったのは、ひとえにアメリアの生まれた家が魔女界でも特殊な存在であったせいであった。
アメリアの生みの母は、この国で一番高名な大魔女だった。
アメリアの母、メディオラ・チューベローズは、なんと六つの恩寵を持って生まれた非常に稀有な存在の魔女であった。
複数の恩寵を持つ魔女など過去に例がないため、メディオラの誕生は魔女界に衝撃をもたらした。
過去に複数持ちが生まれたという記録は残っていない。
魔女界の常識を吹き飛ばしたメディオラの誕生はまさに奇跡だと国を挙げて祝福し、彼女は国で最も尊ばれる存在となった。
幼い頃から複数の恩寵を駆使し、複雑な魔法を生み出して魔女界に革命を起こした。
新しい魔法の誕生、これまでにない洗練された技術の確立。不可能と思われた回復薬の完成。メディオラが成した偉業をあげたらきりがない。
魔女界のなかでも、下位の存在であったチューベローズ家はあっという間に他家に圧倒的な差をつけて頂点にのし上がった。
そんな大魔女メディオラには、七人の子どもがいる。
複数の恩寵を持つメディオラの子ならば、また複数持ちが生まれるのではないかと周囲の期待は大きかったが、残念ながら生まれてくる子は全て普通の魔女と同じ、ひとつの恩寵だけを受け継いでいた。
落胆する声もあったが、生まれてきた子はひとつだけとはいえ、大魔女から引き継いだ才能は飛びぬけていて、同じ恩寵を持つ者と比べても、その才能はけた違いだった。
子どもたちは受け継いだ恩寵を生かし、それぞれの分野で名を上げていった。
チューベローズの名は魔女界を席巻し、メディオラの血を受け継ぐ者の有能さを誰もが認めざるを得ない状況になり、チューベローズ家は魔女界で最も影響力のある存在となった。
そんな大魔女の七番目の子として生まれたのが、アメリアだった。
メディオラの子どもたちは、ひとりひとり違う恩寵をひとつだけ授かっている。
長男のモノリスは炎の恩寵。
次男のジレは水の恩寵。
長女のテューリは風の恩寵。
二女のテレサは雷の恩寵。
三女のペチュニアは土の恩寵。
三男のヘレックは光の恩寵。
ならば七番目の子こそ、六つ全てを受け継いで生まれるのではないかと周囲は期待したのだが……。
生まれてすぐのアメリアを鑑定した鑑定士の口からはとんでもない言葉が飛び出してきたのである。
「無能……?」
「何度鑑定しても我々の鑑定では『恩寵無し』という結果しか……」
一族が勢ぞろいした会場は、鑑定士の出した結果のせいでお祝いムードから一転、地獄のような空気になったという。
生まれたばかりのアメリアを、鑑定に長けた魔女が数人で視たのだが、なんと全員一致で『恩寵無し』という結果が出たのだ。
これにはメディオラ自身も、チューベローズの一族も心底驚いた。
そもそも恩寵を持たずに生まれると言うこと自体が魔女の家系では恥ずべきことで、それが大魔女から生まれた子だという事実を一族は受け入れることができなかった。
この事態に、チューベローズの一族は持たざる者として生まれたアメリアの処遇について散々話し合った。
生みの親であるメディオラ本人は、もともと子どもは産んだら産みっぱなしで、なんの恩寵もないアメリアのことなどどうでも良いようで、すぐにその存在を忘れた。ちなみに子ども全員種が違うので、この家に父親というものは最初から存在しない。
第一案は、アメリアをチューベローズの家系図から存在を抹消し、普通の人間の家に養子に出すこと。
本来ならばその決定で話が終わるはずだったのだが、アメリアの場合、偉大なる魔女の娘である事実がそれを阻んだ。
一族は皆、恩寵無しの鑑定されたアメリアに対し、『もしかしたら、なにか隠された恩寵や特別な才能があるかもしれない』という可能性を捨てきれなかったのである。
――――あの大魔女の子なのだから、無能なわけがない。
――――魔女界の常識を覆した存在であるメディオラから生まれたのだから、とんでもない才能を秘めているかもしれない。
――――鑑定できないだけで、七番目の子にはきっとなにかあるはずだ。
そんな意見が一族の大多数を占めた。
チューベローズ家から無能が生まれたと認めたくないという気持ちもあったのかもしれないが、もしも養子に出した先で特別な才能を発揮してしまったら、チューベローズ家にとっては大いなる損失となる。その可能性が少しでもあるうちに、他所にやるわけにはいかなかった。
一族の各家の派閥ともかくアメリアは、魔女の成人する十三歳になるまではチューベローズの家で養育されることが決定した。
――――それがアメリアにとって、不幸の始まりだった。
アメリアが覚えている幼い頃の記憶は、家庭教師の怒鳴り声だ。物心着く前からアメリアには様々な家庭教師がつけられ、彼女に秘められた才能を発掘せんと教師たちは躍起になって厳しい教育を受けさせた。
恩寵がなくとも、教えた魔法は一通りできるようになると、もしかしたら何か他の人とは違う魔法の才能があったりするのかもしれないと期待が高まったのだが……。
アメリアはどの魔法も只人に毛が生えた程度の威力しか発揮せず、魔法学を教えていた教師が『絶望的』と烙印を押したほどだった。
それでも、魔法以外にも何か才能があるかもしれないと、アメリアへの教育は続けられ、定期的に一族から『鑑定』を受けさせられたが、何年たってもアメリアは秘められた恩寵が発現することもなかったし、特出した才能が開花することもなかった。