逃げるが勝ち
アメリアと離れて魔物たちが別の場所に連れていかれた時、途中で姿をくらませてそれぞれ行動していたらしい。
契約書の類が保管されていそうな書庫を見つけたら、最初から丸ごと燃やすつもりだったと知らされ、なんだか話を聞くほどに、魔物たちが先手先手で動いているような気がしてきてしまう。
メディオラの計画など、皆知らなかったはずなのに、どうしてこんな前もって色々動けたのか不思議でならないと、ずっと疑問に思っていたことを彼らにぶつける。
「ねえ……皆、メディオラ様の計画とか事前に知っていたの? いつから死人狩りを呼び出す算段を立てていたの?」
恐る恐る訊ねてみると、ケット・シーが胸を張って答えた。
「アメリアには内緒にしていたけど、アメリアが死んで別人となって蘇る予知が見えていたんだよ。だからそこから予想して、皆でそれを阻止する計画を立てていたの」
アメリアの使い魔として契約している彼らは、離れていてもお互いの意思疎通が可能であるから、刻々と変化する未来予知を共有しつつ対策を練っていた。
メディオラが反魂術によって蘇った人間だと知った時点で、死人狩りを呼び出すことをヘルハウンドが提案してきた。
「黄泉の扉を呼び出すには生贄が必要なので、アメリアさんの兄姉のどれかを使って僕が死人狩り召喚の術者になろうとしたんですが……」
「アタシが執事を殺したから、それを生贄に使ったのよ」
嫌な兄姉だとしても、生贄に使われたとアメリアが知ったら罪悪感を抱くかもしれないから、できれば殺さないほうがいいとピクシーが提案したらしい。
「そ、それは……確かに。気遣ってくれてありがとう……」
死ぬか生きるかの瀬戸際だったのに、そこまで考えてくれたことに感動を覚える。確かに兄姉の誰かが生贄になっていたらやはり彼らを犠牲にして自分だけが助かったことに罪悪感を抱くだろう。
生贄にされた執事には悪いが、彼はメディオラの計画を知っていてそれに加担していたのだから仕方がないと言ってもいいだろう。
そのうち、居室の外がざわざわと騒がしくなってきた。
儀式のために屋敷からは人払いをしていたのだろうが、破壊音やら叫び声やら聞こえてきて集落の人たちが駆けつけてきたようだ。
「踏み込まれる前に逃げるわよ。アメリア、動ける?」
「大丈夫。姿くらましの魔法、私でも短い時間だけなら使えるから、急いで村を出よう」
アメリアが姿くらましの魔法をかけ、全員でサラマンダーの背に乗る。魔法はせいぜい五分程度しかもたないけれど、空から一気に逃げれば村を抜けられる。
部屋は半壊状態で、壁が空いているところからサラマンダーが一気に飛翔すると、数秒後に誰かが踏み込んでくる様子が後ろのほうで見えた。
姿くらましはちゃんと機能しているようで、誰もこちらに気が付く様子はない。
遠ざかる故郷の集落を見下ろしながら、これから魔女界はどうなるのだろうとふと不安が沸き起こる。
兄姉たちはメディオラの真実と禁忌の術について公表するだろうか。
祖先の一族が起こした重大な犯罪を公表した場合、魔女界を根底からひっくり返すような大騒ぎになるだろう。そしてチューベローズ家の者がその責任を取らされる。
現在の地位も名誉も全て失い、場合によっては牢獄に入れられる可能性もある。
だから兄姉たちは口を噤むほうを選択するに違いないと、アメリアはこれからの魔女界の勢力図を想像する。
兄姉たちが一致団結して秘密を守り通し、力を合わせていければ、チューベローズ家はこれからも存続していけるだろうが、誰かが他を出し抜いて自分だけが上に行こうとして、お互い足を引っ張り合い没落していくことは想像に難くない。
「反魂術が世間に知れたら、大変なことになるよね……」
兄姉が潰しあいの挙句、メディオラの真実が明るみになってしまった場合、チューベローズ家のみならず魔女界全体の信頼が失墜しかねない。魔女はこの国の政治にも深く関わっているため、国を揺るがすほどの大問題に発展するのではと考えると、早々に国を脱出する魔物たちの判断は間違っていない。
高速で一気に森まで飛んだところで、魔法が解ける前に森の中に降り立つ。
「よっしゃ行くか! こっからはヘルハウンドと交代な!」
「あの、でも俺だけまだアメリアさんから魔力もらってないので満身創痍なんですけど……」
そう言われて、皆ようやくヘルハウンドの状態が、背中に乗るどころか、ヨタヨタと今にも倒れそうなほど消耗していると気が付いて、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「ごめん、君だけまだ回復してなかったの忘れてた! じゃ、えっと、どうぞ!」
両手を広げてみせると、ヘルハウンドは二パッと笑顔になってポスンと腕の中に飛び込んできた。
真っ黒な毛並みの体を抱きしめる。ヘルハウンドはキュンキュンと甘えた声を出してアメリアの頬をペロペロと嬉しそうに舐め始めた。黒くて傷がよく見えなかったが、触ってみると体中傷だらけだった。
こんな体でずっと動き回っていたのかと申し訳なくて、抱きしめながらよしよしと撫でていると、それを見ていた他の魔物たちから不満の声が上がる。
「ねえ、ちょっとヘルハウンドだけサービスしすぎじゃない? アタシ、そんな風に抱きしめてもらったことないんだけど」
「さっきと態度違い過ぎじゃん! ずるいよ! 僕のことも抱きしめてよしよししてよ!」
「贔屓はよくないよな。使い魔の扱いに差をつけるのは主人としてあるまじき行為だろー」
「それより早く出発しましょう。不毛な言い争いをしている暇はないですよ」
魔力をたらふく食べて回復したヘルハウンドが、いそいそとアメリアを背に乗せて他の魔物たちに先んじて走り出す。
「あっ! 待ちなさいよ! ヘルハウンドはちょっとアメリアに贔屓されたからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
後から皆が慌てて追いかけてくる。皆、まだブーブー言っていたが、ここから早く離れる必要があるのは確かなので、足を緩めず走っている。
ヘルハウンドの背に揺られながら、先ほどの会話でふと疑問に感じたことがあるのを思い出した。




