表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恩返し勢が帰ってくれない  作者: エイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/33

魔物たちのたくらみ


 

「メディオラ様は……黄泉の国へ行ったの?」

「あるべきところに帰っただけですよ。あれは最初から死者でしたから」


 隣に来ていたヘルハウンドが静かな声で答える。振り向くと、アメリアに向かってニコリと微笑んでくれた。


 しばらくお互い何も言わず見つめ合っていたが、ギギギギという蝶番が軋む音が聞こえてきて、ふと顔を上げると、黄泉の扉はゆっくりと閉まり始めているのが見えた。


 役目を終えた扉は、閉じられれば再び現世から姿を消す。あの世とつながっているのは今この時だけだ。

そのことに気が付いたアメリアは、ほんの少しだけためらったあと、隣に座るヘルハウンドに話しかける。


「今なら……帰れるよ。黄泉の扉が閉じ切る前に行けば、故郷に帰れるんでしょう? ……私を助けてくれてありがとう。もう十分すぎるほど、恩返ししてもらったよ。だから……もういいんだよ」


 召喚の儀式が失敗して、ヘルハウンドは現世に取り残されてしまった。帰る手段が眼前にあるのだから、その機会を逃してはならない。

そう告げると、彼は扉を見遣ってから、ゆるゆると首を振った。


「帰りたくないです。……あちらの世界にいた頃は、ただ命令に従うだけの番犬で、自分の意思を持っていなかった。でも今は違う。アメリアさんのそばにいたい。お願いです、これからも一緒にいさせてくれませんか?」


 情けなく耳を下げて悲しそうに瞳を潤ませる彼を見て、アメリアは胸がいっぱいになる。


 アメリアだって、本当は一緒にいたいと思っていた。


けれど帰る場所がある彼を自分の感情で引き留めることはできなかった。でもそんな風に言われたらもう我慢ができない。


「私も! ヘル君と一緒にいたい! でも、せっかく家に帰れるチャンスなのに……引き留めたらいけないと思って……っ」

「ていうか、こちらで長く暮らしていたから、体が現世に馴染みすぎてもうあの世に帰れないと思うんですよ。扉をくぐったら死ぬんじゃないですかね?」


 多分ですけどね、と言って笑うヘルハウンドを見て、力が抜ける。もしかするとアメリアに罪悪感を抱かせないようにする方便なのかもしれないが、あえてそこは聞かずにいておこう。

 じゃあこれからも一緒にいられるね、と笑いあっていると他の魔物たちが不満げに声をあげる。


「ねえ、僕らのこと忘れてない? 結構傷だらけでヘトヘトなんだけど」

「俺ももう限界。もうバレちまったから言うけど、俺にも魔力をくれよ。死にそうなんだ」

「へっ? あ、そっか。えーっと、どうぞ?」


 自分の意思で魔力を譲渡してきたわけではないので、一体どうやって彼らは摂取していたのか、今更ながら疑問が沸いてくる。

 先ほどのピクシーを回復させた時だって、体感としては何も変化が無いので、本当に魔力を吸われているのかよく分からない。


 どうぞと言われた彼らは、「じゃ、遠慮なく」と言いそれぞれアメリアの頬に口づけた。

 ちゅうっと音を立てて吸い付かれて、アメリアは今日一番の叫び声をあげた。


「きゃあああああ!?」

「ちょっとアメリア動かないでよ。食べづらい」

「どうぞって言ったんだから大人しく吸わせろよ」


 顔を真っ赤にしたアメリアに構うことなく、魔物たちは頬を食み続ける。

 いやこれふざけているだけでしょ! と引き剥がそうとしたが、みるみる彼らの傷が癒えていくのを目の当たりにして、頬に吸い付かれている事実をしばし忘れて見入ってしまった。




「本当に、魔力を食べているんだ……私は全然何も感じないのに……」

「そりゃそうよ。アメリアは魔力が多すぎていつも飽和状態なんだから。アタシたちは普段、体の外にあふれ出した分をもらっていたけど、多すぎるからちょっと減ってもからだには全然影響ないと思うわよ」


 アメリアは恩寵がないから低級な魔法しか使えないので、魔力を消費する機会がほとんどないにも関わらず、とんでもない魔力を保持している。だから体に収まりきらず常に垂れ流しているような状態だと改めて教えられ、複雑な気持ちになる。



「結局、私も他の兄姉たちも、メディオラ様の次の体になるために用意された存在だったのかな……」


 メディオラを蘇らせた者が、そこまで計画して術を組み込んでいたのだろうか。


「呪術で維持している肉体が、いずれ壊れると反魂術の術者は知っていたんじゃない? 次の体を作るための術も最初から組み込まれていたってことでしょ」


 ピクシーに事も無げに言い切られ、アメリアはがっくりと項垂れ何も否定できない。


 自分はどうせ出来損ないで要らない子扱いだったから、駒でしかなかったと言われても今更傷つかないが、メディオラの恩寵を受け継いだことを誇りに思っていた兄姉たちは、ただの生贄だったと知ったらどれほど傷つくだろう。


「兄さんたちになんて説明したらいいかな……」


 魔法陣の上に並べられた兄姉たちはまだ意識もうろうとしていて正気を取り戻す様子はない。薬が切れた時、この半壊した屋敷と執事の死体と母の不在をどう説明したらいいか全く分からない。

 事実を言ったところで、アメリアの言葉を兄姉たちが信じるとも思えない。

 

「別に説明してやる義理もないでしょ。状況と残された魔法書とか見て自分たちで解決すればいいよ。馬鹿じゃなきゃ、だいたい何が起きたか理解するでしょ」


 だからほっときなよとケット・シーが言い捨てる。

 そんなんでいいのだろうかと苦笑が漏れるが、確かに冷静に考えれば母が出したお茶に薬が盛られていたと気付くだろうから、そこから魔法陣を含め何が起きたか大体想像がつくだろう。


「下手するとアメリアが悪者にされかねないから、逃げたほうがいいだろ。派手に暴れたし、他の家の魔女たちが押しかけてくる前に脱出しよう」

「あ、でも、絶縁した時の契約書がまだ……」

「さっきサラマンダーが書庫をまるごと燃やしてきたから、契約も切れたと思うよ」

「いつの間に!?」


 驚いて燃やした張本人を振り返ると、いい笑顔で親指を立てて応じられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ