黄泉の扉
熱さと爆風で目を開けて居られない。すぐに飲み込まれると思っていたのに、不思議なことに熱さが収まってしまった。
恐る恐る目を開けたアメリアの視界は影に覆われて暗くなっていて、混乱しながら顔をあげるとそこには、巨大な鉄扉が空中に浮かんでいた。
「え……? なにこれ……?」
どうやらこの鉄扉が盾となり炎がこちらまで届かなかったようだ。
誰かの魔法か、それとも……とアメリアが驚いていると、それはキリキリとガラスをひっかくような不協和音を立てながら、ゆっくりと下降してきた。
空から突然現れた謎の鉄扉。突然現れたそれの不可解さにアメリアは息を呑む。
「これは一体……?」
謎の鉄扉は地面に降り立つと最初からそこに存在していたかのようにそびえ立つ。
扉が降り立った場所には、見たこともない魔法陣がいつの間にか描かれていた。
赤黒い、血のようなもので描かれた魔法陣。
これを見て、ようやくこの鉄扉が魔術によって召喚されたものだと気が付く。
術者は誰だ……とアメリアが警戒して身構えていると、隣に立つピクシーがにこりと笑いかけてきた。
「アタシの血を使って魔法陣を描いたのよ。間に合ってよかった」
「え? まさかピクシーが魔法陣を?」
いつの間に? というかどうやって? 魔物であるピクシーが、どうしてそんなものを描いたのか、いや、描けるのかと疑問が渦巻くが、ピクシーはニコニコ笑うばかりで説明をしてくれそうもない。
よく分からなくて困っていると、ひょっこりとケット・シーが現れた。
「描いたのは僕だよ! サラマンダーがあっちの気を引いているうちに、僕が姿を隠しながら描いたんだぁ、頑張ったんだよー」
「え? え? どういうこと?」
メディオラに追い詰められて打つ手なしの状態だと思っていたのに、彼ら話しぶりからは、ずっと前から彼らは連携して何かの計画を進めていたように聞こえる。
更に問い返そうとした時、メディオラの焦って上ずった声が聞こえてきた。
「な、な、なによこれ! まさか、この扉……嘘、嘘でしょう!? そんなわけ……」
「黄泉の扉を召喚したんですよ。ちょうどそこの執事が生贄になってくれたので、この場に呼び出すことができました」
声が聞こえたほうを振り返ると、そこには傷だらけのヘルハウンドがいた。黄泉の扉、と聞いてメディオラが声にならない悲鳴を上げる。
「死人狩りを呼び出しました。黄泉の国から逃げ出した死者の魂を連れ戻してほしいと頼んだんです。大魔女であっても、死人狩りからは逃れられないですよ」
「黄泉の扉……」
悪魔を呼び出す儀式をおこなうと、黄泉の扉が現れる。
その扉の向こうは、黄泉の世界とつながっており、悪魔はそこから番犬を伴って現世に召喚される。それが一般的に知られている悪魔召喚の儀であり、当のヘルハウンドもそうやってこの世に顕現した。
そして、あまり知られていないが、黄泉の扉は悪魔召喚のほかに、悪霊をあの世に送る術として死人狩りを呼び出す手法もある。
だがこの手法は生贄を必要とするため、魔女界では禁忌の術であるため魔女のあいだでは死人狩りの召喚方法は知られていない。
「ちょうどよくあの執事を殺せたから、召喚の生贄に使わせてもらったわ」
ラッキーだったわ~とケラケラ笑うピクシーの言葉をアメリアが茫然として聞いていると、蝶番がギギギギと不気味に軋む音を立て始め、黄泉の扉が開き始めた。
「ひぃっ! 私は、私は死者なんかじゃないわ! 心臓も動いて生きている! 死んでなんかないわ!」
先ほどまでの尊大な態度が嘘のように、メディオラは取り乱して叫んでいる。何かの気配を察知しているのか、扉のほうをみてガクガクと震えているが、アメリアには何がそんなに恐ろしいのか分からず、彼女の変化にただ戸惑うばかりだ。
「死人狩りを恐ろしいと感じるのは、死者だけです。生者には関わりの無いものですからね」
這いずって必死に逃げ出そうとするメディオラの周囲に、ぐるぐると黒いもやのようなものがまとわりつく。
もやが渦巻き、ぶわっと大きく広がったと思った次の瞬間に、鎌を持った死人狩りが二体、彼女を見下ろすように立っていた。
死人狩りは真っ黒な仮面をつけて、黒い薄布のような長いローブに身を包み大鎌を携えている。
黒いローブを翻すと、それがメディオラの周りと取り囲むように広がった。
物言わぬ死人狩りが、ゆっくりと鎌を振り上げる。
「ひいぃ」
逃げ出そうとしても、黒い薄布が壁のように彼女を取り巻いてその場から出られない。そしてじわじわと体を締め付けていく。
「いや! いやよ! 私は選ばれた人間なのよ! 永遠に現世で生き続けるのよぉ!」
メディオラの悲痛な叫びもむなしく、死人狩りに首に鎌をかけられた彼女はそのままずるずると黄泉の扉へと引きずられる。
扉の向こう側は、闇に閉ざされていて何も見えない。
「ああああアアァァ」
死人狩りとメディオラが扉をくぐると、泥に沈むように彼女の叫び声だけを残して闇に消えていった。
アメリアは身動きできずその光景をただ眺めているしかできなかった。




