二度あることは三度ある
その次に出会ったのは、猫型の魔物、ケット・シー。
このケット・シーに関してはアメリアもうかつだった。
町から買い出しの荷物を持って家路を急いでいた時、小道の脇で『にゃあぁん』とやせ細った子猫が鳴いていたのだ。
さすがに過去の経験から、また魔物っていうオチがあるんじゃないかと疑ったアメリアは、見て見ぬふりをしようとしたのだが、あまりにも切なげに鳴くので仕方なく買ってきたばかりのヤギミルクを献上してしまった。
子猫はミルクを全部飲み干すと、さきほどまでのヨロヨロ感はどこへやら、元気いっぱいになって飛びついてきたので、ひらりとかわして猛ダッシュで逃げだした。
懐かれて家までついてこられても困る。
……それにあの跳躍力、普通の子猫とは思えない!
「あ、あれも魔物か! 可愛い子猫の姿にほだされるんじゃなかった!」
また余計なことをして魔物と接触してしまったと内心焦りながら、念のため後をつけられないように匂い消しのハーブを道の途中に撒いて、いつもと違うルートで遠回りして帰ったというのに、やっぱりソイツはやってきた。
庭仕事をしているアメリアの元に、二足歩行の猫が優雅なウォーキングで現れたのだから、もう驚くより笑うしかなかった。
あんなに可愛い子猫ですみたいな顔をしていたくせに、堂々と魔物丸出しの二足歩行で来られては、突っ込む気にもなれない。
どうせ拒否しても帰らないでしょ? そうでしょ? と思っていたら、例によって先住民の魔物たちが『ケット・シーなら予知もできるし、いんじゃない?』と勝手に受け入れてしまい、新しい居候が増えることになった。
いつのまにか、アメリアの家には恩返しの名目で訪れてくる魔物がそのまま居つくというパターンが出来上がってしまい、断り切れなかった三匹の魔物が居候している。
いや、今日一匹増えたみたいだから、計四匹になる。
(こんなに魔物って義理堅く恩返しにくる生き物なんだろうか……?)
もしかすると、今までアメリアが気付かなかっただけで、魔物や幽霊などの人ならざる者は世の中にたくさん紛れているのかもしれない。
だがどの文献を見てもそんな事実は書いていないし、ましてや『魔物の恩返し』なんて話は聞いたこともない。
とはいえ、家族も友達もいないアメリアには相談する相手もいないので、単に自分が知らないだけかもしれないとかモヤモヤ考えているうちに、魔物たちは勝手に家事分担などを決めてすっかり生活に馴染んでしまった。
この状況にアメリアも困り果てていた。
アメリアだって、ただ黙って受け入れたわけではない。
命を助けたなんて大袈裟だし、恩返しも必要ないと言ったのだが、魔物連中は、アメリアは遠慮深い謙虚な子だね! と斜め上の反応で、帰ってほしいという意図は全く伝わらなかった。
ケット・シーが家に来たあたりで、魔物の居候が増え続ける不可解な現象に恐怖が限界に達し、ついに『頼むから全員帰ってくれまいか?』とはっきり告げたことがあったのだが……。
「それってアタシたちがアメリアの役に立ってないってこと?」
「じゃあもっと働くから、お前の要望を言ってくれ」
「不満があるならちゃんと言ってよ。僕らもっとアメリアのために頑張るからさ……」
もっと恩返しするから、どうしてほしいか言ってくれと涙ながらに詰められて、逆にアメリアが恩知らずなことをしているような気分になって、前言撤回するしかなかった。
何を言っても言い負かされるとわかってからは、もう出て行ってもらうのは諦めた。
まあ、下手に追い出して呪われても困るし、確かに居候たちのおかげでアメリアの生活はとても豊かになったという側面もあるので、出ていけとあまり強くは言えない。
彼らが来るまではカツカツの生活だったのに、魔物がもたらしてくれる恩恵のおかげで、三食ちゃんとした食事が食べられるようになったし、雨漏りも直って冬に凍死しかけなくなったし、穴の開いていない服を着られるようになった。
本当に有難いことだとは理解できるし、普通の人だったら感謝して、いつまでもいておくれと泣いて懇願するところなんだろうが、アメリアは違った。
「飢えてもボロでもいいから、一人静かに暮らしたい!」
というのが、アメリアの切なる願いだった。
通常の人にはきっと理解しがたいその願いの理由は、アメリアは重度のコミュ障な上、ドがつくほど人嫌いだからである。
できれば誰とも関わりたくない。
おひとり様生活を満喫したい。
誰かと関わって生きるとか、アメリアはもううんざりなのである。
わざわざこんな辺鄙な森の奥にある一軒家を購入したのも、できるだけ人と関わらないで生きていきたいと熱望したからに他ならない。
それなのに、アメリアの願望はちっとも叶う気がしない。
居候は減るどころか本日更にもう一匹増えることが(勝手に)決定したようで、アメリアはもう何度目か分からないため息をついた。
勝手に交流を深めている魔物たちを死んだ目で見詰めていると、項垂れるアメリアの前に、ピクシーが『どうぞ~♪』と湯気が立ち上るカップを置いてくれた。
「あ……ありがとう」
手に取ってひとくち飲んでみると、カップの中身は激甘のホットミルクだった。
まあだいたい予想がついていたので、アメリアは何も言わず歯が痛くなりそうなホットミルクをちびちびと飲んだ。
ちなみにアメリアは毎回濃いコーヒーをリクエストしているが、コーヒーが出てきたことは一度もない。