ついうっかり
「わっ、私もピクシーが、皆が好きだよ! でも好きって認めちゃうと、皆がいないと生きていけなくなりそうで怖かったから、認めたくなかった! ねえピクシー死なないで! これからもずっと一緒にいてよ! 私、もうひとりぼっちは嫌だよ!」
アメリアは彼にすがりついて必死に懇願する。いなくならないで、と声の限りに叫ぶと、傷を抑えていた手のひらが急に熱くなった。
ぐっと体の内側から、熱が手のひらに集まっていく感覚がする。何が起きているのか分からないまま戸惑っていると、ピクシーの傷口があふれ出していた血がいつの間にか止まっている。
手で押さえている傷口が異様に熱い。何が起きているのか分からず、傷が悪化しているのかと血をぬぐって見てみると、傷がいつの間にか塞がっている。
「……えっ?」
傷は? とアメリアがオロオロしていると、さっきまで死にかけていたはずのピクシーがむっくりと起き上がった。
「ごめん、本当に死にそうだったから、ちょっとアメリアの魔力をいただいたの。ほんのちょっとのつもりだったんだけど、調整できなくて貰い過ぎちゃったみたい。回復しすぎちゃったわ」
ついうっかり~と舌を出すピクシーは、血色もすっかり良くなって、なんなら以前より肌ツヤが良く、元気いっぱいに見える。
「え、ええ~!?」
ちょっといただいたと言われても、アメリア自身は魔力が減ったと体感できるわけでもないから、何が起きたか全く分からない。
ただひとつ分かるのは、死ぬような怪我を回復させる分の魔力を吸われてもアメリア自身には何の影響もないという事実だけだ。
いずれ生気まで吸いつくされて死ぬなどと言われたから、魔力を吸われるともっと何か体に害があるのかと思っていたアメリアとしては、拍子抜けもいいとこだ。
「なんか肩透かしだけど、ともかくピクシーが死ななくてよかったよ……」
「そうね、アタシも…………アメリア!」
急に声を荒らげたピクシーに突き飛ばされる。驚いて彼を見上げると、ちょうどメディオラの執事が剣を振り上げ切りかかろうとしている光景が目に飛び込んできた。
だが回復していたピクシーの動きは素早く、アメリアを背に庇うと剣を振りかぶって無防備に晒された執事の胸に、先ほど自分を貫いたナイフを突き刺す。
心臓に刃を突き立てられた執事は、一瞬唖然としてそのまま真っ直ぐ後ろにバタンと倒れていった。
それを見て悲鳴を上げたのが、執事の後ろに立っていたメディオラだった。
先ほどピクシーの魔法で気絶させられていたが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。
「私の執事になんてことするの! ああ……もう! 死んじゃったじゃない! アメリアいい加減にしなさい。苦しまないよう綺麗に殺してあげようとしているのに、どうして私に逆らうの!」
「ヤダ、もう復活しているの? あの魔女の脳みそ焼き切ってやろうと全力で痺れさせてやったのに、ちょっとタフ過ぎない? あ、元が死体だから物理攻撃があんまり効かないのかしら?」
元気にギャンギャン叫ぶメディオラを嫌そうに見ているピクシーから、もう少し時間稼ぎしないと、と呟く声が聞こえた気がした。
メディオラは執事の死体をひっくり返して様子を見ていたが、すぐにもう使い物にならないと言って執事には興味を無くしたように足蹴にしている。
執事の死を嘆いているのかといえばそうでもなく、道具が使えなくなったかのような物言いをするメディオラに、アメリアは吐き気を覚える。
「その魔物も邪魔ばかりして鬱陶しいわ。修復が面倒だから、やりたくなかったけれど、もういいわ。乗り換えてからあなたの魔力を使ってゆっくり治していけば綺麗になるでしょ」
執事の死体を踏み越えながらメディオラがこちらに歩いてくる。その表情は怒りに満ちていて、左手に火炎魔法を発動させた。
「心臓の修復だけで済ませようと手間を惜しんだのがいけなかったわ。最初から逃げ場を無くして確実に殺せばよかった」
メディオラが右手でパチッと指を弾くと、大きな火柱がボウっとアメリアとピクシーの周りに立ち上る。あっという間に炎の檻に閉じ込められて、二人は身動きが取れなくなる。
炎の向こう側から段々距離を詰めてくるメディオラは、確実に自分の手でとどめを刺すつもりで左手に大きな火の玉を作っている。
あんな巨大な火球ぶつけられたら、やけどどころか骨まで残らないだろう。
燃えカスとなった体でも器として使える手法があるのだろうか。それとも怒りで我を忘れているのか。いずれにせよ、本気でアメリアを焼き殺すつもりだと気付いて、ピクシーが焦り始める。
「つ、次の体を消し炭にしていいの? 焦げ焦げの体じゃ使い物にならないんじゃない?」
冷静に考えなさいよとピクシーが煽るように言ってみるが、メディオラはニヤニヤと笑うだけで更に火力を上げてくる。
「じゃあアメリアが消し炭にならないようにまた身を挺して守りなさいな。お前はまる焦げになるけれどね!」
振り上げた左手から巨大な火球が放たれた。
ピクシーの胸に抱き込まれた瞬間、アメリアたちの背後から爆風が襲ってきて、火球がメディオラのほうへ押し返される。
顔をあげると、アメリアたちの後ろにサラマンダーがいて、火炎を吐いてメディオラの魔法に対抗している姿が目に入り、アメリアは歓喜の声を上げた。
「サラマンダー! 無事だった! 良かった!」
「待たせたなアメリア! 今の隙に逃げろ!」
二人を取り囲んでいる火柱をしっぽでバシバシと叩き潰して逃げ道を作ってくれた。
おかげでサラマンダーの背中側に逃げることができて、そのまま扉のほうへ向かおうとしたが、メディオラの炎に押し負けサラマンダーの巨体が後ろに弾き飛ばされた。
再び行く手を阻まれるかたちになった二人の元に、再びメディオラが歩み寄る。
「矮小な魔物が二匹になったところでなんの足しにもならないわね。まずは邪魔なトカゲを焼き殺してあげるわ。早く死になさい」
サラマンダーにとどめを刺すべく、メディオラが炎をまとう左手を振り上げる。
炎の魔物であっても、大魔女の放つ魔法を真正面から受けて無事でいられるはずがない。
「サラマンダー! 逃げて!」
小さなトカゲになれば姿をくらませ攻撃から逃れられるはずだ。だから逃げろと叫んだが、彼はその場から動こうとしない。
自分が逃げたら炎がアメリアに当たるからだ。だから盾になるためにこの場に留まる決断をした。
「サラマンダー!」
視界がオレンジ色の炎で埋め尽くされた。




