禁忌の証
「あら、魔法の調整も上手くコントロールできないわ。本当にもうこの体は限界ね。早く取り換えなくっちゃ。崩れちゃうわ」
……取り換える? 何を?
声に出せなかったはずだが、アメリアの疑問をくみ取ったかのようにメディオラが答えてくれた。
「あなたの体と取り換えるのよ。元々、あなたは私の次の器になるために生まれてきたの。自分自身を理解していなかった私は、それに気づかずあなたをないがしろにしてしまった。本当にごめんなさいね。あなたは私なのだから、もっと大切に扱わないといけなかったのに」
どうか許してねと優しい声音で語りかけられ、震えが止まらない。
――――メディオラの持つ恩寵を、ひとつずつ受け継いだ六人の子供たち。
最後に生まれたアメリアは、恩寵を持たず母の容姿だけを受け継いでいた。
その意味が、ようやく理解できたのだとメディオラは語る。
「反魂術の方法を読み解くと、死者の魂を呼び戻すのに生贄となる魔女が六人必要なの。あの子たちはその生贄のために生まれ、アメリアは私の次の体になるために生まれたのよ。答えはずっと目の前にあったのに、私ったら壊れる寸前まで気付かないなんて本当に愚かだわ」
生贄。器。そのために生まれた子供たち。
言葉の意味が遅効性の毒みたいにじわじわとアメリアを蝕んていく。
兄姉たちは敬愛する母の寵愛を得ようと必死になっていた。家督争いだって、根本にあるのは一番愛されている子どもは自分であると思いたかったからに違いない。
それなのに……。
母にとって子どもたちは、自分の命をつなぐ生贄でしかなかったのかと兄姉たちが知ったら、どれほど絶望するだろうかと思うと、彼らが今正気を失っていて良かったとすら思える。
「ああ、体が壊れる前に魔法書を読み解けて、本当に良かったわ。ねえ、あなたも嬉しいでしょう? あなたの体が大魔女メディオラになるのよ。栄誉なことだと誇っていいのよ」
恩寵を持った六人の子どもと、恩寵を持たず生まれた自分の存在理由。
兄姉たちは、メディオラの恩寵をひとつずつ持たされた。
アメリアは彼女の新しい体となるべく、器として生まれた。
生贄の恩寵は、恐らく新しい体に集約され、そうしてメディオラは新しく生まれ直す。
六つの恩寵を持って生まれた奇跡の大魔女メディオラ。
それはかつて反魂術の生贄に使われた六人の魔女の恩寵が、その体に集約されたに過ぎない。
奇跡の存在などではなく、禁忌の証だったのだ。
ガタガタと震えるアメリアの横を、無表情の執事が隣室へ兄姉を順番に運んでいく。彼らが運ばれていった先で、これから何が起きるのか、言われなくても分かってしまう。
三男のヘレックが運ばれたあと、執事は無表情のまま次にアメリアの肩に手を置いた。首を巡らせて開け放たれた隣室の中を見ると、六角形の魔法陣が目に入った。その六角に、兄姉たちが並べられている。
『この家に戻れば、そう遠くない未来でアメリアは死ぬよ。あと、兄姉たちもアメリアと時を同じくして死ぬ』
ケット・シーが予知したのは、この未来だったのだ。
兄姉たちは生贄に。アメリアは肉体を奪われて死ぬ。目の前に自分の死を突き付けられて、絶叫に近い懇願が口から溢れ出る。
「……嫌! 死にたくない! 私はまだ生きたい! 助けて! お願いピクシー! サラマンダー! ケット・シー! ヘルハウンド!」
無意識に叫んだのは自分と使い魔契約をしてくれた魔物たちの名。
彼らだけがアメリアを大切にしてくれた。
守ると言ってくれた。
役立たずは要らないと家族からも捨てられるような自分のことを、必要としてくれたのは彼らだけだった。
(謝罪も感謝もまだちゃんと彼らに伝えていない。ここで死ぬわけにはいかない!)
叫ぶとほぼ同時に、居室の扉と窓が衝撃音と共にはじけ飛んだ。
ガシャーン! と音を立ててガラスと扉が粉々になり、驚いたメディオラと執事が顔を上げて、敵襲に対して身構える。
執事の手がアメリアから離れた瞬間、黒い影が彼女の体をすくい上げ脱兎のごとく走り出した。
「ヘルハウンド!」
「ピクシーの聴覚を共有してここでの話は全部聞いていました! どうりで死臭がするはずですよ! 黄泉の国から連れ戻した魂だったなんて!」
走るヘルハウンドの後方から、爆発音が響く。振り返ると、サラマンダーが本来の姿をさらしてメディオラに向かって火を噴いている。
「サラマンダー! 逃げて! 直接戦って勝てる相手じゃない!」
死が迫り弱った状態であっても、六つの恩寵を持つメディオラは魔女界の頂点に立つ実力の持ち主だ。ドラゴンですら調伏したことがあるという逸話を持つ大魔女に、サラマンダーが敵うはずがない。
「今から大切な儀式なの。邪魔しないで頂戴」
メディオラから放たれた真空の風魔法が、炎を薙ぎ払いながらサラマンダーに直撃する。
「ぐあああ!」
鱗を切り刻まれ、血をまき散らす魔物に対し、メディオラは容赦なく攻撃を続ける。手足を引きちぎろうとする魔法から逃れるように、サラマンダーは体を変化させ、拘束から逃れて姿を消した。
小さくなって身を隠したのだろうが、傷だらけの彼が生きているのかと不安になり、ヘルハウンドに声をかける。
「待って! サラマンダーを置いていけない! 私が呼んだから! 私のせいで!」
「大丈夫、アイツは死んでない。今はアメリアが逃げ切ることだけ考えて!」
どこかから現れたケット・シーが、いつの間にか二人の隣で並走していた。
「大丈夫、僕らが絶対にアメリアを助けるから!」
予知を駆使してメディオラの攻撃を避けていけば、逃げ切るのは不可能ではないと言い切るが、彼の瞳にも不安の色が浮いている。
予知は万能ではないし、分かっていても避けられない未来のほうが多いとアメリアも知っている。
それでもアメリアを不安にさせまいと気丈に振る舞う姿に涙が浮かんでくる。
「……! 来る!」
ケット・シーが声をあげると同時に、視界が白く染まる。その直後、バリバリッという雷鳴がとどろき、体に衝撃が走る。
「きゃああああ!」
痛みとしびれで一瞬意識を飛ばす。地面に転げ落ちたと気付いた時にはもう、メディオラがすぐそこまで迫っていた。
二人はどこにいるのかと頭を起こした時、少し離れたところに倒れている彼らの元に槍が降り注いだ。
声を上げる間もなく、無数の槍が魔物たちの体を貫く。
「いや! ケット・シー! ヘルハウンド!」
降り注いだ槍は二人を貫いたあと、煙のように消えていった。床に倒れた彼らはピクリとも動かない。駆け寄ろうと身を起こしたところで、拘束魔法をかけられ身動きが取れなくなる。
「アラ? あなた、魔物を使役しているの? 魔法も使えないのに……」
メディオラは興味深そうにじろじろと魔物を観察している。
執事の男がアメリアの頭を掴んで、まったく余計な手間をかけさせてと文句を言いながら、引きずるように魔法陣まで連れていく。
サラマンダーが暴れた室内は荒れ果てていたが、魔法陣の周囲は結界で守られているのか塵一つ落ちていない。
六角形の魔法陣には、さきほどと変わらず兄姉たちが整然と並べられている。
その中心の真ん中に、拘束したアメリアを横たえた。
「まずは肉体からあなたの魂を抜き取るから、いい子にしていてね」




