死の予言
「母上の呼び出しがいつかかるか分からないのだから、早く戻ってくるように」
兄はそう言い置いて、部屋を出るアメリアを見送ることもなくすぐに弟妹たちの許へ向かった。おそらくこれから兄姉たちで話し合いが始まるのだろう。だから音を立てないよう静かに扉を閉めてそっと屋敷から出て行った。
集落から早く出たくて自然と速足になる。すると、ふっと左側を並走する犬の存在に気が付いて横を向くと、ヘルハウンドが横を歩いていた。
「あれっ? そういえば居たんだよね? 気配がしないから忘れてた……」
「途中から影に潜んで気配を消してましたからね。でもずっとお傍にいましたよ」
そう言われて、ようやくほっと息をつけた。思った以上に緊張していたらしく、冷や汗をびっしょりかいて気持ちが悪い。
ようやくチューベローズ家の集落から外に出ると、森の中に魔物たちが待っている姿が見え、急いで駆け寄る。
「ごめん、やっぱりピクシーが心配してくれたとおり、実家に戻らなきゃいけなくなった……」
皆に報告すると、案外驚きはなかった。やや不思議に思っていると、ピクシーがネタ晴らしをしてくれる。
「アタシ、耳がいいのよ。使い魔契約のおかげで、アメリアの聴覚をつなげたから会話は全部聞こえていたわ」
「だから俺らも話の内容は把握している。それで、これからどうする?」
「アメリアの家の人たち感じ悪すぎ。僕あの家に行くのは反対」
ピクシーが聞き取り会話の内容を共有していたらしいと聞き、だったら話が早いと相談を持ち掛ける。
「どうすればいいかな? 兄さんたちも長期で滞在させるつもりじゃないから、少し我慢すれば穏便に終わるのかもしれないんだけど……でも精神的にしんどいから、一日だって居たくないんだよね……」
うーん、と魔物たちも唸っている。下手に断れば兄たちの怒りを買うだろう。魔女の一族を敵に回すのは避けたい。数日の我慢なら仕方がないか……とアメリアも考えていた時、ヘルハウンドが衝撃の言葉は発した。
「俺はこのまま逃げたほうがいいと思います。だってアメリアの母親とかいう人、アレ、死人ですよ。あの家はおかしいです。気味が悪い」
「……はっ? ど、どういう意味?」
あれは死人だと言われたがメディオラとは先ほど直接会話を交わしている。ネクロマンサーが死体を操っているのであれば、あんなに流暢に言葉を発することはできない。
だからヘルハウンドの言っている意味が分からなかったのだが、彼は首を振って、そのままの意味だと告げた。
「どういう仕組みで動いているのか分かりませんが、あれは間違いなく黄泉の国から来た者です。強烈な死臭は、あの人を中心に発生して家全体だけでなく集落全部を包み込んでいます」
全員がヘルハウンドの言葉に激しく動揺する。メディオラは病気で弱っていたものの、普通に会話ができたし決して死人などには見えなかった。
「ネクロマンサーが動かしている可能性は? 生きているように動かせる凄腕の術者がいるのかも」
「そういうのとは違うかと。肉体ではなく、魂が死者のものなんですよ。肉体も、拍動があり血が通ってましたが……うーん。生者に死者の魂というのがすでにチグハグで、すみません僕にも分からないです」
そもそも、ネクロマンサーは死体を動かすだけで、その体には魂は存在しない。だから魂がある時点であれは動く死体ではないと断定できる。
メディオラがどういう状態なのかまでは分からないが、ヘルハウンドが見た事実は、彼女の魂は生者のものではないということ。
「あの家全体がもう死臭に塗れているんです。あんな家に住んだらアメリアさんの寿命が削られてしまいます。何が起きているのか分かりませんが、悪い予感しかしません。全力で逃げるべきです」
「…………」
さきほど言葉を交わした相手が、死者だと言われ理解が追い付かないアメリアだったが、ヘルハウンドが警告するとおり、このままのこのこと戻ってきたら確実に悪いことに巻き込まれる気がする。
「逃げるなら、魔女が後を追えないくらい遠くに行かないとダメだよね。国を出るしかないんじゃない?」
ケット・シーは昔から人間に紛れて世界のあちこちを渡り歩いていたから、こういう時はさっさと違う国に行ってしまうのが一番いいと気軽に提案してくる。
「でも……それじゃ、家を捨てることになっちゃう」
せっかく手に入れた、自分だけの家。いちから生活の基盤を整えて、自分なりに工夫して築き上げてきた。それをまるっと放棄する気にはなれなれず、逃げる意見に否定的になるが、そんなアメリアに対し、ケット・シーが予知を授けてきた。
「この家に戻れば、そう遠くない未来でアメリアは死ぬよ。あと、兄姉たちもアメリアと時を同じくして死ぬ」
「……!!!」
衝撃的な予知に魔物たちも一瞬声を失う。
ケット・シーの予知は、今アメリアが選ぼうとしている道へ進めば、その未来が待っている。変えられる未来ではあるけれど、積極的に変えようと動かなければ予知が確定してしまう。
「アメリア、迷っている暇はないわ。今すぐ逃げましょう」
切羽詰まった表情のピクシーがアメリアの腕を引く。死ぬ予知をされてはもう迷っている暇はない。ピクシーの言葉に頷くと、さっと持ち上げられヘルハウンドの背に乗せられ、来た時とは比べ物にならないほどのスピードで走り始めた。
アメリアとしては、一旦家に帰って荷物をまとめてから出発するつもりでいたのだが、ヘルハウンドが走っていく方向は家から遠ざかっている。
まさかこのまま国を出るのかと心配になり、背中から必死に呼びかける。
「待って! 一度家に戻ってほしい! あの、荷物もあるし、お店に納品予定のものも残っているの! それにお金持ってこないと、生活できないよ!」
「ダメよ、そんな暇はないわ。家に見張りがつけられているかもしれない。お金のことは心配しなくていいわよ。アタシたちに任せて!」
「えっ、任せてって……」
並走するピクシーに質問をしようとしたが、ヘルハウンドが更にスピードを上げたのでもう喋るどころではない。突然家を捨てて国を出なければいけなくなってしまい、アメリアは不安しかなかったが、魔物たちの必死な様子を見て、もう黙るしかなかった。
森を抜け、日が落ちてもまだ魔物たちは走り続ける。
スピードは落ちないが、ヘルハウンドからも並走する皆からもゼイゼイと辛そうな息遣いが聞こえてきて、ただ背に乗っているだけのアメリアは申し訳ない気持ちになる。
(どうして彼らはこんなに私のために頑張ってくれるんだろう……。恩返しだと言うけれどここまでしてもらえるほどのことをしていない……。それに最初私は彼らを迷惑がって、邪険にしていたのに……)
己のこれまでの振る舞いが恥ずかしくなって、俯いて顔があげられない。
(もし、どこかの国へ行って落ち着いたら、彼らに謝ろう。そしてちゃんとお礼を言って、彼らに恩返ししよう)
ヘルハウンドの背中を見つめながら、心の中で決意を固める。




