大魔女メディオラ
兄に促されて、大広間の奥に続くプライベートエリアへと向かう。それを他の兄姉たちは憎々し気な目線を寄こしてくる。
母から直接声を掛けられることなど兄姉たちでもめったにないので、わざわざ名指しで呼ばれたアメリアに対し相当苛立っているようで、憎しみを隠そうともしない。
とはいえ、アメリアが望んだことでもないのだからどうしようもない。俯いて兄姉たちを見ないようにしてメディオラの居室へと急いだ。
「母上はここ最近ずっと体調不良が続いておられて、仕事は全て断っているため、そろそろ隠居なさるおつもりなのかもしれない。お前が呼ばれた理由は私たちも聞かされていないが……引退に際して子どもたち全員に伝えたいことがおありなのだろう。除名したとは言えお前も一応娘だからな」
メディオラの居室の扉をノックすると、中から入室を促す声が返ってきた。兄とともに部屋に入ると、ロッキングチェアに座るメディオラの姿があった。
その姿を見た瞬間に、漏れそうになった驚きの声を必死に飲み込む。
久しぶりに見た母の姿は、驚くほど変貌していた。
メディオラはかつて美貌の魔女として有名だったのに、目の前にいる彼女は、肌がひび割れて髪があちこち抜け落ちていて、生気のないその姿はまるで使い古した人形のように見えた。
七人の子を産んでなお、二十代ほどにしか見えないほど若々しかったのに、会わずにいたこの数年間で一体なにがあったのかと茫然としてしまったが、メディオラが病で臥せっていると言っていたことを思い出して、これはそのせいかと思い至った。
「ああ、あなたがアメリアね。こちらに来て、その顔をよく見せて頂戴」
久しぶりも元気にしていたかなどの問いかけもなく、顔も覚えていなかったかのような物言いにも面食らう。
それなのに親し気に近くに寄れと言われ、思わず兄の顔を仰ぎ見たが、顎で『行け』と促されたので恐る恐るそばに歩み寄る。
「髪色も瞳も、私とそっくり同じなのね、良かったわ。あなた魔法は使える? 恩寵は持っているのかしら」
「えっと、ええと……ほとんど、使えなくて……私はメディオラ様の恩寵を受け継がなかったので……」
持っているも何も、恩寵がないから家から追い出されたのだけれど……と思ったが、余計なことは言わず黙って質問にだけ答えるよう努めた。
「恩寵がないから魔法がほとんど使えないのね。そうね、そうでしょうね。よく分かったわ。ちょっと手を見せて頂戴。ああ、そうね。出口がないから魔法が使えないのね」
メディオラはアメリアの掌を握ったかと思うと、ひっくり返したり握ったりして観察をしていた。それから、今はどんな暮らしをしているのか、食事はちゃんと摂っているのかなど、子を想う母親のような質問をされ、戸惑いながらなんとか返事をしていると、ようやく満足したらしく、『もう行っていい』と突然面会の終了を告げられた。
何が何だか分からないまま、下がろうとすると、メディオラはモノリスのほうへ目線を向け、こう言い放つ。
「この子はこの屋敷に住まわせなさい。少し栄養不足だから、食事に気を付けて健康的になるよう丁重に扱って。いいわね?」
「は!? あ、いえ、はい。承知いたしました」
突然放り投げられた爆弾発言に、モノリスも衝撃を受けていたが、当事者のアメリアが一番驚いていた。
反射的に嫌だと声をあげようとした口を兄が抑え、勝手に了承の返事をして、アメリアを引きずるようにしてその場を辞した。
腕をグイグイ引かれながら歩いているうちに我に返り、慌てて無理だと反論する。
「あっ、あの! 私はここに住めないです!」
「母上のお言葉は絶対だ。お前ごときに拒否権があるわけないだろう」
アメリアの言葉などどうでもいいとばかりに聞き流され、兄は『どうするか……』とブツブツ一人で考え込んでいる。
そもそも何故母の元に呼ばれたのか分からないままあっという間に面会が終わったし、どうしてこの屋敷に住まわせるという話になるのか全く意味が分からない。そんな意味不明の状態のまま諾々と従うなど本当に無理である。
どう断るかと頭を悩ませていると、大広間に戻ってきたところで兄が他の兄姉たちにこう宣言した。
「母上はアメリアをチューベローズ家に戻すおつもりらしい」
その一言で兄姉たちは一気に殺気立って、口々に怒りと質問をぶつけてくる。
「なんでそんな! お母さまはこんな出来損ない、気にも留めてなかったじゃない!」
「こんな只人以下の子と姉妹に戻るのなんてイヤよ」
「何かの間違いではないの? これを家に戻す意味が分からないわ!」
トゥーリ、テレサ、ペチュニアがヒステリックに叫んだが、モノリスが手を振ってそれを制した。
「母上の決定したことだ。丁重に扱えとも仰っているのだから、そのような暴言も許されないぞ」
三姉妹はその言葉でぐっと押し黙り大人しくなった。
「……ならば、これから継承者候補にアメリアも名を連ねることになるのかな」
次兄のジレがポツリと呟くと、全員の顔が一気に険しくなる。
メディオラの不調がいよいよ深刻になってきているため、母が自分の後継者を指名するつもりなのではという話が囁かれていた。
チューベローズ家の当主の座を兄姉たちは誰もが狙っている。
その筆頭はもちろん長兄のモノリスではあるが、それは本人が主張しているだけで、母本人は子どもたちに対して特に差をつけている様子は無い。だからこそ、兄姉たちは誰もが自分にも可能性があると思っていて、ここ最近は兄姉間で牽制しあっている状態だった。
そんな時に、母がアメリアを家に戻せと言ったことで、除名されたはずの出来損ないが当首に指名される可能性が急浮上してきて誰もが内心焦りを隠せなかった。
口には出さないが、アメリアが当主となればチューベローズ家の全権力を握り、兄姉たちはその下につくことになる。
この出来損ないに命令されるなど許せるはずがない。この場にいる誰もがそう思い、どのようにしてこれを排除しようかと頭を巡らせ、室内は不穏な沈黙に包まれた。
「あ、あのっ! 私は、もう家を出された身なので! 一族に戻りたいとは望んでいません……ので」
たまらず アメリアが叫ぶと長兄のモノリスが苦々しく顔をしかめる。
「何度も言うがお前の意見は聞いていない。ひとまず客間の一室をお前に使わせてやるが、数日程度滞在するだけでいいだろう。一族の復帰はあり得ないから安心しろ」
この言葉に兄姉たちが揃って頷く。
誰も口にはしないが、母の引退は目前だと考えている。いや、あの様子を見る限り、母はもう長くないのかもしれない。
そうなると母が今多少血迷った発言をしたとしても、話だけ合わせておいて、今後は兄姉の間で決めればいい。
アメリアも数日滞在させて母の興味がまた失せたところで帰せばよいと、兄姉たちは心の中で考えていて、全員が目配せして考えが同じであると確認しあっていた。
「あ……ハイ。あ、あのでも、滞在するにしても、一旦家に帰って準備したい……んですけど」
沈黙を破ってアメリアが声を上げると、兄は面倒くさそうにしていたが、家を留守にするならある程度片づけして準備したい。仕事先にも知らせないといけない。私にも今後の生活があるのだからと暗にチューベローズ家に寄生する気はないですよという意味も込めて主張すると、しぶしぶであるが許可してくれた。




