死者の香りがする男
「変な話ね。縁を切ったのに連絡に応じろなんて意味が分からないわ」
「それは多分……実家はまだ、私に恩寵が発現するかもしれないって疑っているからじゃないかな……」
恩寵が発現したらいけないの? と首をひねる魔物たちに、アメリアは実家の事情とそれから考えられる予想を述べる。
「もし私に恩寵が発現したら、真っ先に自分が確保しておきたいってことだと思う。覇権争いをしている兄姉たちとは、力が拮抗しているから、母様の後継ぎになるために少しでも有利な駒を持っておきたいってことじゃないかな」
兄がわざわざ自分で手紙を届けに来たのは、様子を見に来た意味もあるのだろう。
今更発現するなどあり得ないのだが、わずかな可能性も拾っておきたいくらい、兄姉間での争いは激化しているのかもしれない。
「……じゃあ、アメリアは実家に帰るかもしれないってこと?」
「えっ?」
家の事情を説明したところでピクシーがふとそんなことを訊ねてきた。
「実家の事情が変わりつつあるなら、除名したアメリアのこともやっぱり家に戻そうとって話が出たから、今回呼ばれたとかも考えられるね」
ケット・シーがそのように予想を言ったことで、一気にアメリアの顔色が悪くなる。
あり得ない話ではない。除名が取り消しされることは無いとしても、使用人として家に置いておくほうが良いという意見が出てきたという可能性もある。
「いや、いやいやいや、無理。せっかく家を出られたのに今更あんな生活に戻りたくないし。あっ、考えたら気持ち悪くなってきた……」
どうしよう、とアメリアは頭をかかえる。
実家に行ったらそのまま帰してもらえないとかあるのだろうかなどと悪い想像ばかりが膨らんでいく。兄姉たちがそうすると決めたら、何の力もないアメリアには逆らいようがないから、訪問が恐ろしくなってきた。
だが、行けませんなんて言ったら兄は絶対アメリアを許さないだろう。報復を受けることを考えると、すっぽかすなんてことできるわけがない。
ぶるぶると震え出したアメリアを見て、皆が厳しい表情で考え込んでいたところ、沈黙を破ったのはヘルハウンドだった。
「アメリアさん、これは提案なんですが、俺たちと使い魔の契約をしませんか?」
突然の提案にきょとんと目をまんまるにするアメリアに、ヘルハウンドが言葉を続ける。
「我々が使い魔になれば、アメリアさんに何かあった時助けに行けるし、我々の力を使うこともできる。身を護る術があれば、実家で何かあっても逃げられる」
「使い魔……?」
魔物と契約して使い魔にしている魔女はいないこともない。力で調伏するか、もしくはお互いの同意の元契約をすることで魔物を使い魔にすることができるが、どちらの方法でもお互い何かを対価にしなくてはならない。
魔物にとってはメリットになる条件を提示してもらえることなどまずないので、大抵調伏して無理やりの契約になるが、その場合は、契約者も支配し続けるために命を削ることになるので、強い使い魔を持つ者は諸刃の剣と言われている。
ただ、魔物が望んで使い魔になった場合のメリットデメリットがどうなるのか、教科書にも載っていなかったのでアメリアには分からない。
だからその提案にすぐ頷くことができなかった。ヘルハウンドはアメリアが難色を示すことを分かっていたようで、まずは僕の話を聞いてほしいと言って、この提案をした理由を語り始めた。
「昨日来た男……死臭がするんですよ。ネクロマンサーなのかと思ったんですが、でもあれは魔女だと言うし、どうにも気になって。死臭がする男の家に、無防備な状態のアメリアさんを一人で行かせるのが不安なのです」
死臭とは腐敗臭ではなく、死期が近い者や死者と関わりがある者はその匂いがするらしい。要は黄泉の国と繋がりを持って、そちら側の影響を受けている者だという意味だ。
魔女が黄泉との関りを持っているとなると、魔女界の掟を破って禁術に手を出している可能性が出てくる。
地獄の番犬であるヘルハウンドが、あの男は間違いなく黄泉に触れていると言い出したので、その場にいる者全員に緊張が走った。
「はあっ? なんでソレもっと早く言わねえんだよ! 確かになんか嫌な気配がしていたけど、魔女の系譜だからかと……」
「そうね。気持ち悪い生き物みたいに感じたけど、特殊な魔女だからかと思ったわ」
「でもさ、ヘルハウンドが言うんだから何かあの世と関わりがあるヤツってことなんでしょ? どう考えたって危険な人物でしょ」
魔女にとっても死は穢れであり、大昔は生贄に動物の死体を使う術なども存在していたらしいが、現在では、それをすると子々孫々まで血が穢れるとされ、魔女協会では明確に禁止している。
だから魔女界の超エリートである兄が、死臭がするほど死に触れ、あの世と関りを持つことなど本来あり得ないのだ。けれど、地獄から来たヘルハウンドが言うのだから間違いはあるまい。
「今のアメリアさんでは身を護る術がありません。あの男が、なんらかの悪意を持ってアメリアさんを呼び出した可能性があるのなら、単身で乗り込ませるわけにはいかないです。私たちの誰か一人でもいいから、契約して連れて行ってほしいのです」
ここまで言われて、アメリアに断る理由はもう見つからない。
「でも……いいの? 皆からしたら私と契約しても何のメリットもないし……」
命や体の一部を対価に捧げるのでなければ、魔物たちにはなんの益もない契約に思える。単にちょっと助けたくらいの相手にずっと縛られる契約をさせるのは気が引けた。
「対価はアメリアのそばにいられる権利を得たことだけで十分よ」
「調伏でないなら、お互い合意すれば契約も解消も容易にできるんだろ? そんなに重く考えなくていいんじゃね?」
ピクシーとサラマンダーは二つ返事で受け入れたが、ケット・シーはすぐには頷かず何かもの言いたげにしていたので、気を遣ってアメリアが声をかける。
「あの、別に全員が契約しなきゃいけないわけじゃないんだから、断っていいんだよ」
断りにくい話の流れになってしまって申し訳ないと言うと、そうじゃないと首を横に振る。
「ずっと予知がちらついていたんだけど……あの男、死ぬ未来があるよ。それどころか……アメリアの身にも……危険が及ぶかもしれない」
あの男とは、アメリアの兄であるモノリスのことだ。不確定要素が多すぎて確実なことは言えないが、死に向かうルートが存在していると突如予知をしたケット・シーに、皆が一斉に息を呑む。
「だからもちろん僕もアメリアと契約する。僕は何もかも予知するわけではないけど……悪いことはよく当たる。今からでも何か手を打っておけば、最悪の危機は避けられるかもしれない」
ケット・シーの予知は、現時点で積み上げられた事象から導き出されることを告げているので、変えることができる未来でもあるが、変えるために何も行動しなければ予知した未来に向かって進んでいってしまう。
「兄が死ぬかもしれない未来って、実家で何かとんでもないことが起きているのかな……?」




