魔物たちの葛藤
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暗い部屋の中に闇がうごめく。
魔物たちは灯りを必要としないため、アメリアが眠りについたあとはランプもろうそくも消してしまう、ゆえに部屋の中は真っ暗闇である。
うごめく闇はベッドに眠るアメリアを取り囲み、満足そうな笑みを浮かべていた。
「アメリアがキレ始めた時はどうしようかと思ったぜ。マジで追い出されるかと冷や冷やしたわ。ピクシーの話術のおかげで命拾いしたな」
「ピクシーが上手く丸め込んでくれたから助かったよ~アメリアに本気で拒絶されたらさすがに居続けられないしね」
サラマンダーとケット・シーがピクシーを振り返る。
一人だけ笑わずにじっとアメリアの寝顔を見つめていた彼は、彼らの言葉を受けてようやく顔をあげた。その表情は決して機嫌がいいとは言えないものだった。
「人聞きが悪いわね。アメリアの味覚がおかしいことも不健康なことも事実だし、健康になってほしいって思っているのも本当よ。……あんたたちだって別に嘘を言ったわけじゃないでしょ?」
どうにも機嫌が悪そうなピクシーに、他の魔物たちは少し困ったように口籠る。問われた言葉にどう返答したらよいか考えあぐねている様子だった。
「んーまあ、そりゃアメリアには健康でいてほしいさ。でもそれってさ、俺らにとっては魔力をくれる相手が死んだら困るっていう下心があるから、騙している感があるよな」
「そうそう。アメリアは僕らが本当に恩返しのために尽くしているって信じちゃったけど、僕らも魔力もらってるから、あんなに信用されちゃうと罪悪感覚えちゃうよね」
「もちろん恩を感じていますけど、それよりも魔力もらえるメリットのほうが正直大きいですし……純粋な恩返しではないという後ろめたさはありますね」
ため息が聞こえてきそうな雰囲気で、魔物たちはそれぞれ複雑な表情を浮かべる。
魔物としてこの世に顕現して、人の理に当てはまらずに存在してきた彼らは、人間のような感情は本来持ち合わせていない。
アメリアのことも、恩返しなどただの方便だ。魔物たちは彼女の美味そうな魔力に引き寄せられて近づいたに過ぎない。
魔物にとって人間とは、惑わし、利用し、弄んで楽しむためのもの。人のように誠実で正しくあらねばなどとは思いもしない。
彼らもそのようにして生きてきた。それに疑念を抱いたりしたことなど、ついぞなかった。そうであったはずなのだが…………。
「ねえ、いっそ魔力をもらっていることを話しちゃえばいんじゃない? 憑り殺そうとしてるわけじゃないし、おこぼれをもらってるだけなんだから、別に悪いことしてないでしょ」
変に後ろめたく思うくらいなら、言ってしまえばいいとケット・シーは主張する。
確かにその通りだ。おこぼれを貰うだけで何も悪いことはしていない、内緒にする理由はないはずだ。
けれど、どうしてもピクシーを始め他の魔物はその意見を揃って退ける。
「……せっかくアメリアが心を開いてくれたのに、魔力をもらっていることを話したら、騙されたような気持ちになって傷つくんじゃないかしら」
「まあ……純粋な好意じゃなかったと知ったら、また俺らと距離を取ろうとするだろうな」
「そもそも他者との関りを徹底的に排除してきたようなお人ですから、騙されたと思ったら家も捨てていなくなってしまいそうですよね」
純粋な好意だと信じているアメリアがどんな風に思うかと考えると、魔力の件を告げるのは怖いと皆が言うとケット・シーも反論できないようでぐっと押し黙った。
「いつかは魔力の話もアメリアに言う必要があるけど、それは『今』じゃないんじゃない?」
問題の先送りではないが、ようやく自分たちを受け入れ始めてくれたばかりなのだから、今また疑心暗鬼にさせることもないだろうとピクシーは言う。
それに他の魔物たちも頷いて、アメリアの魔力を食べている事実はもうしばらく伏せることで同意した。
魔物たちは自分たちがどうしてこんなに悩んでいるのか、自分自身でも疑問に感じながら話し合いを終えた。
人間にどのように思われても気にしたことなど今までなかったのに、どうしてアメリアに対しては『怖い』と思ってしまうのだろうか。
自分だけが快適ならば良いと思って過ごしてきた彼らには、その感情が湧く理由が理解できなかった。
だから疑問に思いながらも、彼らは皆考えを深掘りするのを放棄してしまった。
今まで一つの物事を深掘りして考える習慣が魔物には無かったせいで、自分たちのなかに、まるで人間のような『感情』が芽生えているということに、彼らはまだ気づいていなかった。
***
窓から差し込む朝日の眩しさで自然に目が覚めたアメリアは、ベッドから起き上がると着替えてリビングへと向かった。そこにはすでに魔物たちが全員揃っていて、朝食担当のサラマンダーが皿を運んでいる。
「おはよ。今日は早いじゃんアメリア」
「あ、うん。昨日早く寝たから目が覚めた。お、おはよう」
おはよう、おはようと皆が口々に声をかける。
毎日行われている当たり前の挨拶なのだが、これまで自分は言われたから仕方なく返事を返していたから、随分と愛想のない言い方をしてしまっていたなあと思い返す。
食卓には、今日は焼き立てのワッフルと、果物、野菜と数種類のチーズが並んでいる。アメリアのワッフルにはすでにひたひたになるほどメープルシロップがかけられているが、これもいつものこと。
普段ならげんなりしながら黙って食べるところだが、昨日聞いたところによると、少しでもカロリーをとれるようにとの配慮らしいと知り、今日は感謝の気持ちでそれらを見る。
「い、いただきます。あの……いつも食事作ってくれてありがとう」
お礼を言うと、サラマンダーは少し困ったようにはにかんで、早く食えとだけ返した。
全員で食卓につくと、ワイワイと和やかな雰囲気で食べ始める。
ワッフルを口に運びながらアメリアが顔をあげると、皆が談笑しながらゆっくりと食事をしている光景が目に入る。
(多分、食事を楽しむってこういうことなんだな……)
アメリアにとって食事とは苦痛な時間だという認識だったから、魔物たちと食卓を囲んでいても、いつも下を向いて食べていたから皆がいつもどんな風に食事をしているのか見ていなかったと気付いて、本当に自分は彼らに目を向けることすらしていなかったんだと反省する。
「ところでアメリアは、いつ実家に行くの?」
甘いワッフルと格闘しているところでピクシーから昨日の話題が振ってこられた。
「あ、えっと手紙には七日後を指定されている」
「えー! ホントに行くの? アメリアのおにーちゃんすごい嫌な奴だったし行ってほしくないなあ」
「同感です。あの男は気持ちが悪い。本当にアメリアさんの兄なのですか?」
アメリアだって行かなくてよいなら行きたくない。
けれど絶縁する際に、いくつか約束させられたことがあって、それには家名を名乗らないことや習った魔法を悪用しないことなどなどのほかに、国外に出ないこと、そして兄からは『自分からの連絡には必ず応じること』を求められ、魔法契約書に署名までさせられているため、約束を破ることはできない。
だから除籍されたとはいえ完全に縁が切れたとは実は言い難い状態で、約束を破った場合どのような報復を受けるか分からないのである。
そのことを説明すると、ピクシーは眉間に皺を寄せて首を捻る。
「変な話ね。縁を切ったのに連絡に応じろなんて意味が分からないわ」
「それは多分……実家はまだ、私に恩寵が発現するかもしれないって疑っているからじゃないかな……」
恩寵が発現したらいけないの? と不思議がる魔物たちに、アメリアは実家の事情とそれから考えられる予想を述べる。
「もし私に恩寵が発現したら、真っ先に自分が確保しておきたいってことだと思う。覇権争いをしている兄姉たちとは、力が拮抗しているから、母様の後継ぎになるために少しでも有利な駒を持っておきたいってことじゃないかな」
兄がわざわざ自分で手紙を届けに来たのは、様子を見に来た意味もあるのだろう。
今更発現するなどあり得ないのだが、わずかな可能性も拾っておきたいくらい、兄姉間での争いは激化しているのかもしれない。




