初めての反抗
玄関の向こう側はまだ雨が強く降っていて、モノリスは嫌そうに顔をしかめていた。そしてもう一度アメリアを振り返って訊ねる。
「お前、ほんっ――とうに何の能力もないのか? 実は隠しているとかないか?」
「生まれてこのかた恩寵の鑑定を受け続けて、家から追い出される時も鑑定士をとっかえひっかえして嫌と言うほど調べられましたけど、なんっっっにもないと壱ノ家当主様もその目でご覧になったじゃないですか。お忘れですか?」
何百回と訊ねられたことだから、アメリアはかつてないほど饒舌に兄の質問を否定する。妙に早口で返されて若干面食らった様子だったが、まあ期待していなかったがなと呟いてため息をついた。
「分かってはいるのだが……あの母上から生まれたのにどうしても何もないのか理解できないんだよ。まあ、もし万が一、なにかの恩寵が発現したならば、チューベローズ家の筆頭である私に一番に知らせにきなさい。いいな?」
モノリスはそれだけ言うとサッとローブを被って雨の森へ消えていった。それを見送ったあと、アメリアは扉を閉めた。
「はあぁ~」
緊張が解けて大きいため息をつきながら居間に戻ると、さきほどまでペットの振りをしていた魔物たちが擬態を解いて寛いでいた。
「さっきのってアメリアのお兄さんなの? 似てないねー」
「ああ……ええ、まあ」
生返事のアメリアに魔物たちは興味津々で質問責めにしてくる。
「アメリアって家族から絶縁されてんの? それとも魔女の掟?」
「めちゃくちゃ馬鹿にされてたじゃん。仲悪いの?」
あまり話したくない事柄だったが、上手い誤魔化し方が思いつかず魔物たちの勢いに負けて、適当に自分の過去を説明した。
「魔女というのは、母の家系から恩寵を受け継ぐの。でも恩寵をもらえなかった子は、何の才能もないので魔女になれないから、家から除名されちゃうんだよ」
自分は恩寵を持たない子だから家から追い出されたと説明すると、サラマンダーがその話に反応した。
「んでもアメリアは……魔法使えるじゃん。しょぼいけど」
「それは十三の歳まで魔女教育を受けたから。大抵、恩寵がない子は幼いうちに養子に出されるから魔女の教育は受けないんだけど……私は母親がすごい魔女だったから、何か才能あるんじゃないかって言われて……それでありとあらゆる勉強させられたけど、な、なんもなかったから追放された……」
「えっ? アメリアってなんもないの……?」
ケット・シーが不思議そうに首をかしげる。魔女の事情など魔物にはピンとこないのだろうが、不思議そうにされるのも結構堪える。
「そ、そうだよ。大魔女の娘なんだから何かしら才能があるでしょって言われ続けて、物心ついたころにはもう朝から晩まで勉強漬けの日々だったんだよ。魔法が失敗すると、何故できないのかを責められながらできるようになるまでずっとやらされて、でも上手くできなくて、更に課題が増やされるんだよ。それでも結局ほとんど魔法は使えるようにならなかった。才能の無さが才能だわなんて言われるほど、なんもない、出来損ないの魔女なんだ」
これまで自分の過去を誰かに話したことはなかったが、口にしてみると思った以上に不満満載の言葉が出てきて自分でも驚いた。アメリアの勢いにきょとんとしていた魔物たちだったが、一呼吸おいてどっと笑い出した。
「なにその生活! 囚人なの? アタシだったら一日で逃げ出すわあ」
「なんで我慢してたんだ? アメリアはマゾなのか?」
「朝から晩まで勉強なんて地獄じゃーん」
「いやいやこんなん地獄よりひどいですよ」
ヘルハウンドが地獄は割と就労規則がしっかりしていて、ちゃんと休みがもらえるなどと言い出し、魔物たちが大爆笑している。でもアメリアは己の環境が地獄よりひどいと言われ笑うどころではない。
「地獄より、ひどい……? え、私地獄以下の生活をしていたの?」
「地獄出身のヤツが言ってんだからそうなんだろ」
「そうね、人間の監獄だってもっとマシだと思うわよ」
「僕、奴隷商人の家に住んでたことあるけど、奴隷だって三食休憩アリのもっとまともな生活してたよ」
ケット・シーに奴隷のほうが人権ある生活しているとまで言われ、アメリアはもう立ち直れそうにないくらい落ち込んで地面に崩れ落ちる。奴隷というのは罪を犯して人権を剥奪された者のことのはずだが、それ以下の生活だったのかと落ち込みが半端ない。
「地獄以下……奴隷以下……」
「あらやだ落ち込まないでアメリア。今は地獄奴隷生活から解放されているんだからいいじゃない。今は三食食べられるし、睡眠もしっかりとれているでしょ? よかったわあ」
「そうそう。それに今じゃ魔物に傅かれて優雅なスローライフ送ってンだから勝ち組じゃん」
「僕らがいるおかげで、いい暮らしができるようになったしね! アメリアが一人暮らしのままだったら、多分もう食あたりとかで死んでたよー。だからもうちょっと感謝してくれてもいいんじゃない?」
魔物たちが軽口のつもりなのか、俺たちのおかげでアメリアは良い生活ができているんだぞと口々に言い出したので、思わずムッとしてしまう。
(魔物に傅かれて、優雅なスローライフ? いい暮らし?)
魔物たちがくつろぐ大きなソファも、確かに彼らがいつの間にか設置してくれたものだ。ソファだけではない。アメリアが一人で暮らしていた時は、ソファどころかテーブルも椅子もなかった。適当な木箱を重ねて代用していたから、確かにみすぼらしい見た目だったかもしれない。けれど、アメリア自身はそれで不便を感じていなかったのだ。
こんな風に、ふかふかのソファもクッションも、大きなテーブルも机も毛足の長いラグも無くても生きていける。
お皿やコップだって、欠けていても構わなかった。
それなのに、知らないうちに色々なものがアメリアの家に増えていった。
居候が増えればそれに合わせて食器やカトラリーや寝具が追加され、からっぽだった家はいつの間にか物がいっぱいになっていた。
魔物たちが来たことで、確かに生活が便利で快適になったと言える。
でも勝手に押しかけてきて、生活環境を勝手に変えられてしまったのだから、それに対し感謝しろと言われても素直にハイとは言えなかった。
兄が訪ねてきたせいで、いつもより心がささくれ立っていたアメリアは、変わってしまった部屋と我が物顔で寛ぐ魔物たちを見ているうちに、つい八つ当たりのような言葉が口をついて出る。
「……感謝しろったって、私がお願いしたことなんて一度もないよね? 私は別に……三食しっかり食べたいとか思ってないし、い、いい暮らしがしたいなんて言ったことない」
いつもと違うアメリアの非難がましい言葉に、寛いでいた魔物たちが驚いて一斉に彼女を振り返った。
「ちょっと、アメリアどうしたの? 嫌いなお兄さんが来たからイライラしているの?」
とりなすようにピクシーが声をかけたが、不満がくすぶっていたアメリアの口は止まらなかった。
「イライラじゃない。ずっと思ってた。わた、私は一人で静かに暮らしたいだけ。か、勝手に住み着いたくせに、感謝しろとか言われたくないっ」
初めてはっきりと皆を拒絶する姿勢を示したことで、魔物たちの顔色が一気に悪くなる。
誰も言葉を発せず、沈黙が続くうちにアメリアは頭が冷えてきて、猛烈に後悔が襲ってくる。




