歓迎しない訪問者
「とにかくアメリアに自覚がないのが問題なのよ。だから激辛料理も激ニガコーヒーも、味覚が正常になるまで禁止! 体壊したくないでしょ」
「アッ……ハイ」
魔物相手から、ものすごく真っ当な言葉で叱られ、なんとも言えない気持ちになりながらも素直に頷いた。
自分はまごうことなき人間なのに、魔物からアメリアのほうが非常識で人間としておかしいと突き付けられた事実に正直ショックを覚える。
魔女としても出来損ないで一族から追放されたほどなのに、人間としてもダメダメだなんて知ってしまったら落ち込むのも当然だ。
だから彼らが内緒にしていたことも食事を作ってくれていたことも、アメリアのためを思ってしてくれたのだと、理解できても、素直にありがとうという言葉がでてこなかった。
最近こんなことばかりだ……。
人間としても出来損ないだとしても、自分の口を養うくらいはできているんだし、味覚がおかしくったって誰にも迷惑をかけていない。もう放っておいてほしいと再び一人きりになりたい気持ちが湧いてくる。
思いつめた表情をしているアメリアは、周りにいる魔物たちの心配そうな視線に気づくことはなかった。
***
味覚がおかしいと指摘を受けてから数日。
なんとなくぎくしゃくした雰囲気のまま、アメリアと魔物たちはいつも通りの生活を送っていた。
魔物たちもあれからアメリアの元気がないことには気づいていたが、まだ味覚がおかしいと指摘されたショックから立ち直れていないのだろうと、皆しばらくそっとしておこうと皆で決めていた。
その日も朝から沈んだ様子で朝食のパンケーキをつついているアメリアに、魔物たちも口数少なく重苦しい雰囲気が食卓を包んでいた。
カトラリーがお皿に当たる音だけが響いていた時、ふとケット・シーがフォークを置いて、アメリアの顔をじっと見つめた。
「アメリア、今日誰か訪ねてくるよ。多分……アメリアが会いたくない相手」
ケット・シーの予知である。悪い予知である証明であるように、彼の顔は強張っている。
「え……誰だろ……」
ケット・シーは、全てを予知するわけではないが、悪いお告げは間違いなく当たる。
アメリアが会いたくない相手と言えば、実家関係の人だが、この家を知る者はほとんどいないはずだ。第一、縁を切った出来損ないに今更用があるとは思えない。
「あと、午後から雨になる。洗濯は明日にしたほうがいい」
ついでに天気の予知をして、それ以降は口を閉ざしてしまった。
何かを考えている様子のケット・シーに、それ以上声をかけることもできず、アメリアは予知が外れますようにと願うしかできなかった。
その願いはもちろん届かず、傷薬の調薬をしているうちに午後になり、予知通り雨が降り始めた。
木々に覆われた森の一軒家は、雨の日は灯りが必要なくらい薄暗い。
雨音が強くなってきた頃、家のドアを乱暴に叩く音がした。
できれば居留守したいと思うアメリアだったが、家の灯りが外に漏れているせいか、訪問者は早く開けろといわんばかりにドアを壊す勢いで叩き続ける。
壊されてはたまらんとアメリアがドアを開けると、そこには黒いローブを羽織った男がこめかみに青筋を浮かべて立っていた。
「いるなら早く開けろ。まったく、酷い雨だ。おい、これ乾かしておけ」
招き入れる前にズカズカと入り込んできた男は、チューベローズの長男、モノリス。
侵入者を拒む簡単な結界も張ってあるはずなのだが、破られた気配すら感じさせずに無効化されてしまったらしい。
彼は、まだ指名されていないもののメディオラの跡目を継ぐのは自分であると公言しているため、高圧的な物言いが多く、兄姉のなかでアメリアは最も苦手としている。
まさか長兄が訪ねてくるとは思わなかったので、心の準備ができておらず、言葉がうまくでてこない。
「あ、あ、兄上様……えっと、な、何の御用で……?」
兄と呼ばれた男はぎろっとアメリアを睨みつけ、濡れたローブを叩きつけてきた。
「お前はもうチューベローズの人間ではないのだから、私のことは壱ノ家当主様と呼ぶのが正しいだろう。身分をわきまえろ」
すみません、と小声で謝罪しながらアメリアは濡れたローブを乾かす魔法をかける。調整を間違えると布が皺だらけになるので丁寧にやっていると、それを見たモノリスがふんと鼻で笑い、自身に魔法をかけた。
一瞬で泥汚れや雨染みが綺麗になって、格の違いを見せつけられたアメリアは、下を向くしかなかった。ていうか自分でやったほうが早いのにどうして出来損ないの自分にやらせるのか。できないことを再確認して馬鹿にしたかっただけとしか思えない。
「こんな下級魔法も満足に扱えないのか。全くどうしてお前のような者が大魔女から生まれたんだろうな……」
「……すみません」
予想通りアメリアの出来なさ具合をあげつらって馬鹿にしながら怒っている。早く用向きをいってくれないかなあとソワソワしていると、ようやく兄が本題にはいった。
「まあいい。お前に母上のことについて話があって来たんだ。部屋に案内しろ。茶くらい出せるだろう?」
リビングに通すと、猫と犬がソファに寝そべり、蝶々は花瓶の花に、トカゲは照明の笠にぶら下がっていた。
てっきり外に避難していると思っていたアメリアは、兄が魔物に気付いて攻撃しやしないかと冷や冷やしたが、モノリスは特に気にした様子もなく、ただのペットだと思ったようだった。
「躾けがなっていないな。ペットをソファから退けろ」
「あ……ハイ」
兄ほどの魔女であっても、この居候たちの擬態に気付かないのだろうかと少し驚きながら、ひとまず二匹をソファから降ろす。
どかっと乱暴に腰かけたモノリスから早くしろと怒声が飛んできたので、慌ててお茶を淹れて持ってきた。
兄は一口飲んだあと、ものすごく渋い顔をして、カップをテーブルの横に追いやった。どうやら不味かったらしい。
「色々言いたいことがあるが、用件だけを伝える。母上が体調を悪くされているんだが、一度お前も見舞いに来いと仰っている」
「えっ? おか……いや、メディオラ様が? わた、私がお見舞いに? な、なんでです?」
「我々もなぜ除名した出来損ないに声をかけるのか訳が分からん。だが、母上が仰るのだからそれに従うだけだ。他の弟妹が七の雨月に集まるのでお前もその日に本家に来い。いいな?」
アメリアが追放された時、母のメディオラは家族会議にすら顔を出していなかった。恩寵を持っていないと鑑定が出てからすぐに彼女は七人目の娘に全くの興味を失っていた。
その母がお見舞いに来いと? あり得ない。正直存在すら忘れられていると思っていたのに、まさかお見舞いに来いとご指名を受けたと聞いても、現実味がない。
「わた、しが本家に足を踏み入れてもいいんですか?」
「仕方があるまい。だが家族としてではない。客人扱いでの訪問を許可すると一族会議で決定した。これが許可証だ」
そう言って兄は家紋が押された紙をこちらに突き付けてきた。屋敷の門には魔法で守りがかけられているので、一族から除名されたアメリアはこの許可証がなければ門をくぐることはできない。
用件はそれだけだったらしい兄は、立ち上がって帰り支度を始めた。先ほどのローブを手に取り、羽織ろうとして止め、結局もう一度自分で洗浄魔法をかけている。だったら最初からアメリアにやらせず自分で全部やればいいのにと言いたいところだが、わざとやらせたのだと分かっているので何も言わず黙って玄関の扉を開けて兄を見送る。
これだけの用事なら手紙でもよかったのではと考えるが、只人の郵便屋に魔女の手紙を託すわけにはいかないだろうし、魔法郵便はアメリアとの縁が切れているため使い魔が送れなかったのだろう。




