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恩返し勢が帰ってくれない  作者: エイ


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13/33

壊れている自覚がない



薬屋を出てすぐの角のところに、『地獄の料理店』と書かれた真っ赤な看板を掲げた店が見えてくる。辛い物好きがわざわざ別の町から訪れるほど有名になったようで、いつも混み合っているが、すでに数名が店の前で列を作っている。


「……さいこー」


 もう漂う香りすら目が痛いほど辛い。

 店に並ぶ客も、歴戦の猛者のよう見た目の屈強な男ばかりで、列の後ろにアメリアが並ぶと、すでに並んでいた男たちがギョッとした顔になった。


「……お嬢ちゃん。この店で食事すんのか? あのなあ、悪いこたぁ言わねえ。子どもには無理だから別の店にしな」


 アメリアの一つ前に並んでいたスキンヘッドの男性が声をかけてきた。


「あ、だ、大丈夫です。私、一番辛いのでも食べられますから……」


「一番辛いって……10辛の『昇天』のことか? おいおい、嘘だろ……」


 店の料理は辛さが選べるのだが、一番辛い10辛は、食べると死ぬ辛さと言う意味で、別名『昇天』と呼ばれている。それをこの少女が食べたのかと、前方に並んでいた男たちも驚いてみんなでアメリアに詰め寄ってきた。


「本当に昇天を完食したのか? お嬢ちゃん嘘はいけねえぜ。あれは店主ですら、『食う奴の気が知れない』とかいうような辛さなんだぜ? とてもじゃねえけど信じられないなあ」


 誰かが言った言葉に周囲の男たちはうんうんと頷く。どうやら、大抵の人は5辛でギブアップして、特別辛い物好きでも8辛が限界らしい。だからアメリアが10辛を食べられるわけがないと皆口々に言っている。


「え……そんなに辛いですか……? ちょっと喉が熱くなるけど、そんなに言うほどでは……」


 アメリアの言葉に周囲からどよめきが上がる。


「発言がもう猛者のソレじゃねえか……。こんな可愛い嬢ちゃんが激辛食うとかおもしれえなあ。よし、じゃあおっちゃんが10辛奢ってやるから一緒に食おうぜ」


 10辛を食べるところをそばで見てみたいから、とひとりの男が言うと、他の者も『俺も俺も』と、勝手に盛り上がり始めてしまった。


 いや、一人静かに食べたいから……とモゴモゴ言うアメリアの言葉は盛り上がる彼らには届かないらしく戸惑っていると、最初に言い出した男にぐいと手を引かれて肩を組まれた。

いきなり知らない人に距離を詰められて、アメリアは恐怖で固まってしまった。

声も出せずぐいぐい肩を抱き込まれて、吐きそうなほど怯えていると、ふいにアメリアの腕を別の者がつかみ、男たちの輪から引っ張り出された。


「脂っこい手でアメリアに触んじゃねーよ!」

「バウバウッ!」


 アメリアを背中に庇い、男たちを怒鳴りつけているのは、さきほど撒いてきたサラマンダーだった。その横でヘルハウンドが牙をむき出しにして威嚇している。

 突然現れた大柄な男と大きな犬に、先ほどまでアメリアを取り囲んで盛り上がっていた男たちはすくみ上って、慌てて謝ってきた。


 サラマンダーは男たちをぐるりと一瞥して、アメリアを抱き上げてさっさとその場から離れて大通りに向かって歩き出した。

 しばらく無言のまま歩いていたが、サラマンダーは呟くようにアメリアに訊ねた。


「どうして勝手に移動したんだ? 心配しただろ」

「……えっと……」

「まあいいや。とりあえず昼だし飯食いに行こう」


 サラマンダーがあっさりと話題を切り替えたので、怒られると思って身構えていたアメリアは肩透かしを食らったような形で、謝る機会を失ってしまった。


 だますような形でいなくなったのに、彼らはアメリアを心配して探してくれていたのを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

でも今更なんて言って謝ったら良いのか分からず、結局アメリアは、小さな声でごめんなさいと呟いたが、彼らの耳に届いたかは分からなかった。




 犬が一緒に食事をできる場所ということで、三人はテラス席のあるカフェに落ち着いた。

 サラマンダーが適当にいくつか軽食と飲み物を見繕って注文しているのをアメリアは黙って聞いていた。

ほどなくして運ばれてきた料理を見ると、チーズと野菜のグリルとか、野菜のシチュー、柔らかい白パン、そしてフルーツティーという組み合わせで、正直家でピクシーが出してくれる食事みたいに野菜が中心のものばかりだった。


 激辛スープを食べるつもりだったアメリアは、正直食欲は全然わかなかったが、せっかく注文してくれたのだからと匙を手に取る。

 足元に大人しく座っているヘルハウンドには、サラマンダーが適当につまめるものを食べさせていた。


(味、物足りないなあ……)


 辛みが欲しくて、テーブルにあるコショウを手に取って自分の皿にかけていたら、それをサラマンダーに止められた。


「かけすぎ」

「え?」

「かけすぎだっていってんだよ。見ろよ、この皿。コショウの山になってんだろ。ったく」

「ああ……でも、これくらいのほうが辛くて美味しいし……」


 アメリアの返答に、おもいっきり顔をしかめたサラマンダーは、コショウの山をスプーンですくって取り除く。

そして、少し迷うそぶりをみせてから、アメリアに向き直ってこう告げた。


「あのなあ……ピクシーには言うなって口止めされてたけど、お前なぁ、味覚ぶっ壊れてんだって。そのことに自分じゃ気付いてないだろ?」


 味、ほとんど感じてないだろと、全く身に覚えのないことを言われアメリアは戸惑う。


「や……別に私は辛い物が好きなだけで、おかしいとかじゃ……」

「おかしーんだって。ソレもただ辛さを感じなくなっているだけなんだって。前に町に来た時お前さっきの店で辛い料理食って、そのあと一週間寝込んだのを忘れたか? ほっとくとめちゃくちゃな味付けのもの食って体壊すから、危なくてほっとけないんだよ」


 突然そんなことを言われて驚くしかない。

確かに以前激辛料理を食べてからしばらく胃が痛くて何も食べられなかったが、それが辛い物を食べたせいだとは思っていなかった。

 まだ納得できない顔をしているアメリアに、帰ってから話し合おうとサラマンダーが提案し、結局激辛料理は諦めて家に帰ることになった。



 重苦しい雰囲気で帰ってきた三人に対し、出迎えた他の者たちは何かあったのだろうと察し、そのままリビングへ通される。

ピクシーがお茶を淹れた後、サラマンダーが今日有った出来事と味覚異常の話を本人にしてしまったという報告をした。


「この間、胃を壊したのに懲りもせず激辛料理を食おうとしていたから、もう言っちまったほうがいいかと思って……」


 口止めされていたのに勝手に暴露してしまって多少申し訳なさそうにするサラマンダーの言葉に、他の魔物が反応する前にアメリアが声を上げた。


「あの! でも私、味覚おかしいって言われてもそんなつもりなかったから……て、いうか本当に変? そもそも魔物とヒトじゃ味覚も違うだろうから比較できないんじゃ……」


 まだ自分の味覚障害を認められないアメリアが往生際の悪いことを言うと、魔物たちが一気に呆れた表情になり大きくため息をついた。


「あのね……言いにくいんだけど、アメリアの味覚って本当におかしいのよ、最初、あなたが自分で調理すると海水の五倍くらいしょっぱい塩粥を作ってそれを普通に食べるでしょう? ヒトはね、あんな塩分濃度のものを食べられないのよ」


 と、魔物相手に人の普通を説かれ何とも言えない気持ちになる。


「あと、苦みも感じてないよね? 前に塩と重曹間違えて料理に入れてたけど、気付かず食べてるの見て、本気でヤバイって僕ですらビビったもん」


 人の世で暮らしてきた僕が言うのだからアメリアは間違いなくおかしいとケット・シーにまで言われ、思い当たるところがあり過ぎるのでもう認めざるを得ない。


「私、本当に味覚おかしかったんですね……自覚なかったです。でもそんなにやばいって思ってたんなら、普通に言ってくれれば良かったのに」


 がっくりと項垂れる彼女を、魔物たちは痛ましいものを見るような目を向けてくる。


「アメリアに自覚がなかったから、アタシたちが注意しても信じてくれないと思ったというのもあるけど、なにより、おかしいとか病気だとか言われたらあなたがショックを受けるんじゃないかと心配で言えなかったのよ」

「だからさ、僕らが食事の管理をしていこうって話になったんだよね」


 栄養の偏りをなくして普通の味付けのものを食べていれば味覚も治ってくるんじゃないかと考え、アメリアには事実を告げない決断をしたと説明された。




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― 新着の感想 ―
[一言] これを切っ掛けに、少しずつでいいからコミュニケーションを取れるようになればいいけど。
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