納品のついでに
明日、町へはサラマンダーとヘルハウンドがついてくるといつの間にか決まっていた。その上、早朝から出発だと時間まで指定されたので、アメリアは明日の朝までに納品分の薬を絶対作らなくてはならなくなった。
納品日が決まっているんだから、もっと早く作っておけという話なのだが、明日の午後までにできればいいかと高をくくっていたため、朝までにと区切られてめちゃくちゃ焦り始めたので急いで作業に取り掛かる。
先月もらった注文票を見ながら、やけどの薬や化粧品などの調合をしているうちに、作業に没頭していたようで、全ての注文品を作り終わって顔をあげると、三時間ほどが経過していた。集中していたせいか、短時間で作業が終わったことに驚く。
凝り固まった背中を延ばしていると、ピクシーがお茶を持って作業部屋に入って来た。
「お疲れ様。お風呂も沸いているから、お茶を飲んだら入るといいわ」
優しい言葉とともに、カモミールティーの入ったカップを渡してくれたが、彼が一体どういうつもりでアメリアに優しくするのか真意が分からなくて、なんとなく素直にお礼が言えなくて口籠って、結局無言でそれを受け取った。
ピクシーはそれに対して何も言わず、出来上がった商品を手に取ると、手伝うつもりなのか、梱包用の布に包んで箱に詰め始めた。
「……この化粧水、アメリアの商品を気にったお客さんが化粧品も作ってほしいってリクエストしてくれたって喜んでいたわよね」
化粧水の瓶を丁寧に包みながらピクシーがぽつりとつぶやく。
「あ、うん、まあ……」
アメリアの作る薬は魔女の秘薬というほどの効果効能はないけれど、素材や香料にこだわっていて、使用感がよくなるよう色々工夫した結果、お試しで買ってくれた人がリピートして買ってくれるようになって、定期的に注文が入るようになった。
常連客からリクエストを店主経由でもらうことも増えて、今ではいろんな商品を扱ってもらって、どれも人気商品なのだと言われている。
(自分の作ったものを認めてもらえたみたいで、すごく嬉しくて、リクエストされたってピクシーに報告しちゃったんだよね……)
嬉しい気持ちを誰かに言いたくて、納品について来てくれたピクシーに、店を出たところでついウキウキで報告した覚えがある。
アメリアが実家にいた頃は、どんなに頑張って作っても否定しかされなかったから、自分の作ったものが認められて褒められたのがとても嬉しかったのだ。だから普段自分から話しかけたことなんてほとんどなかったのに、勢いのままにピクシーに『聞いて!』と報告してしまった。
あの時、ピクシーはどんな顔をしていただろう?
「こんなにたくさん注文が来るなんて、アメリアは本当にすごいわよね」
ピクシーは化粧水の瓶を大切そうに両手で持ちながら、アメリアに向かって柔らかく微笑みかける。
――――そうだ、あの時も彼はこんな風に嬉しそうに微笑んでくれていた。
自分のことのように喜んで、良かったわねと言ってくれていた。
「……ありがとう、ピクシー」
よく考えたら、おめでとうと言ってくれたピクシーにお礼も言っていなかった気がする。
突然お礼を言われて彼は少し驚いた顔をしていたが、梱包はやっておくからお風呂にはいりなさいとだけ言ってアメリアを作業場から追い出した。
良い香りの湯舟に浸かってぼんやりしていると、さきほど飲んだカモミールティーの効果もあって体がリラックスして眠気が襲ってくる。
いつもなら甘ったるい飲み物ばかり出して来るのに、どうしてこういう時は砂糖なしのカモミールティーなのだろう。
おめでとうと微笑んでくれるのも、どうしてなのか理由が分からない。
魔女教育では、魔物に心は無いと習った。どの書物を読んでも、魔物は甘言を用いて人を惑わすことはあれど、人と同じような感情を持つことは無い。心を通わせるなどあり得ないと書いてあるのに、このピクシーの行動を見ていると、まるでアメリアのことを思いやってくれているみたいに感じてしまう。
「そんなわけ、ないのにね……」
魔物は魔物。人の姿をしていても、あれはヒトとは相いれない存在なのだ。
***
翌日、朝早く目が覚めたアメリアが顔を洗うために寝室から出ると、サラマンダーとヘルハウンドが準備万端で遅いぞーといわんばかりの態度で待ち構えている。
「おー! メシ食ったら出発するからな! 早く食っちまえよ~」
「いつでも出発できます!」
サラマンダーはなぜか旅芸人のような服装をしているが、ヘルハウンドに至ってはピカピカの赤い首輪をつけて大き目な犬の姿に擬態している。
もし誰も起きていなかったら一人でさっさと出かけてしまおうと考えていたのに、テーブルにはもう全員がついてアメリアが最後という状態で、気まずいことこの上ない。
仕方なくテーブルにつくと、ケット・シーがミルク粥を持ってきてくれた。粥は優しい甘みで食べやすかったが、正直粥は塩味にしてほしい。
けれど丁寧に炊いたんだろうなと思うと、とてもそんなことは言えない。
食事が終わるとすぐ、サラマンダーが商品の入ったカバンを背負って出発しようとするので慌てて皿を片づけて後に続いた。
「に、荷物、私が持つから……」
「あ? なんでだよ。つかアメリアは森を抜けるまでヘルハウンドの背中に乗せてってもらいな。ちんたら歩いてらんねえし」
サラマンダーに言われた言葉の意味を理解するより前に、ひょいと持ち上げられアメリアはヘルハウンドの背中に乗せられた。リードを握らされたと同時に、すごい勢いでアメリアを乗せたヘルハウンドは走り始めた。
「ぎゃあああ!?」
「しっかり捕まっていてくださいねー」
「アハハすげえ叫び声」
これまたすごい速さで並走しているサラマンダーが指さして笑ってくるが、しがみついているのがやっとのアメリアには返事をする余裕すらない。
呼吸をするのも忘れるほど驚いているうちに、あっという間に森の出口に到着してしまった。普通にあるけば二時間ほどの距離を、四半刻かからずについてしまった。
息も絶え絶えなアメリアを、今度はサラマンダーが抱っこして、荷物はヘルハウンドの背に乗せる。自分で歩く、と言う気力もなかったので、アメリアは抱っこされたまま近くの町の門をくぐった。
薬屋を訪ねると、店主の親父は笑顔でアメリアを出迎えてくれた。
「やあやあ森の魔女さん。納品待っていたんだよ。もうねえ、先月入れてくれた分は完売しちゃって。次いつ入荷するのかってお客さんから何度も訊かれててねえ」
次はもっと多く作れないかと言われ、アメリアは戸惑いながらも嬉しさを隠しきれない。
店主が欲しい商品について少し話をできないかと頼んできたので、アメリアは後ろにいる魔物二匹を振りかえる。
「あの、ちょっと時間がかかりそうなんで、二人はそこのカフェで待っていてください」
財布を渡しながら薬屋の斜め向かいにあるカフェを指さすと、サラマンダーはちょっと逡巡しているようだったが、薬屋の埃っぽい匂いにヘルハウンドがくしゃみを連発していたので、じゃあテラス席で待っていると言って出て行った。
アメリアは内心、『よっしゃ!』と思いながら彼らを見送る。
店主の話は、納品数を増やしてほしいという要望だったので、次の発注は1,5倍の数に決まった。
それと客から化粧水以外の美容商品も作ってほしいとリクエストが来ているそうで、じゃあ今度いくつか試作品を作って持ってくると約束して話がついた。
店主との話が終わったアメリアは、カフェ側の扉からではなく、奥の別の扉からこっそりと出ていく。
実は行きたい店があるのだが、サラマンダーにバレると絶対に怒られると分かっているのでこっそり行くことにしたのだ。
アメリアが行きたい店…………それは、大好物の『激辛料理』を食べられる店である。
移民の店主が経営するその店は、開店当時からとにかく辛いで有名で、辛い物が好きだったアメリアは町へ来たついでにそこで食事をして以来、ハマってしまったのだった。
その店で使う唐辛子は、店主が独自ルートで入荷している『悪魔も殺す唐辛子』という異名を持つ唐辛子を使用しているので、辛さが桁違いなのである。
メニューは色々あるのだが、一番人気なのは看板商品の『辛肉煮込み』だ。
激辛のスープのなかに、軟らかく煮た塊肉と唐辛子を練り込んだニョッキが入っているのだが、これがまた目玉が飛び出そうなほど辛い。
アメリアはめったに町に来ないので、納品に来た時にこの店で食事をするのが、唯一の楽しみなのである。
基本的に食に興味がなく、美味い不味いもよく分からないからお腹が膨れればなんでもいいというスタンスなのだが、辛い物だけは別で、アメリアの唯一の好物だった。
辛い物を食べると頭と胃がすっきりして気分爽快になる。辛ければ辛いほど爽快感が増すから、実家を出て初めて町でこの激辛料理を食べて以来、コミュ障のくせにここだけは毎回訪れるほどハマっている。
だが魔物たちが町についてくるようになってから、アメリアが激辛料理の店に入ろうとした時、全員からめちゃくちゃ怒られて入店させてもらえなかった。
自分はここで食べたいと主張したが、ケット・シーが『猫は辛い物を食べたら死んじゃう』と泣き出したので、店の前で騒いで目立っていたのもありその日は諦めざるを得なかった。
そして、それからというもの、町に行くときはお目付け役のように魔物たちがついてくるようになり、激辛料理店に行くのを阻止される。
もちろんアメリアだけで食事してくるという提案は最初から却下されていた。
今回も、激辛料理の店に行くと言ったらサラマンダーが絶対に邪魔してくると分かっていたので、打ち合わせで離れたのを利用して一人でこっそり食事に行くつもりでいた。




