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先日助けていただいた〇〇です

 

「ワタクシ、先日助けて頂いたヘルハウンドです。恩返しに参りました」


「人違いです」







 家の扉をノックする音がしたので、家主のアメリアが開けると、そこには巨大な黒犬がお行儀よく座っていた。


 そして、恩返しにきたと牙の生えた大きな口で告げるその犬は、明らかに普通の犬ではない。本人が名乗る通り、地獄の番犬『ヘルハウンド』らしい。

 地獄の番犬に知り合いは居ない。


 人違いだと告げて扉を閉めようとしたが、巨大な黒犬は目にもとまらぬ速さでそのデカい前足をシュタっと扉の間に差し込んで閉めるのを阻止した。


「えっ? でもあなた魔女のアメリアさんですよね? アメリアさんに助けて頂いたんで間違いないですよ。先日は危ないところをありがとうございました。ぜひ、あの時の恩を返させてください」


「身に覚えがないので、他を当たってください」


 押しの強い訪問者にビビりながらも再度断りの言葉を告げるが、黒犬は隙間に顔を突っ込んで意地でも閉めさせまいとする。


「いやいやいや恩を返さずに帰れませんて」


「いやいやいやそれこそ知らないんで……!」


 無理やり扉を押し返していると、無理に突っ込んだ黒犬の顔が引っ張られて大変な形相になっている。さすがに不憫と言うか圧死しそうなので、左手で扉を押さえつつ右手で犬の顔をドアの外に押し出そうとした。

 するとなんと犬はその手をぺろりと舐めたのだった。

 ひいっと小さく悲鳴を上げ、手をひっこめスカートで手を拭いている間に、犬はよっこいしょと扉を開けて中へ入ってきてしまった。

 そして座り込むアメリアに鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぐ。


「ああ、この味、この匂い。やっぱりあなたで間違いないです。怪我をして動けなくなっていた俺を助けてくださったのはあなたですよ。ホラ、このハンカチに見覚えがあるでしょう? 手当てをしてくれた後、あなたがご自分のハンカチを包帯代わりにしてまいてくれたのです。ね? ホラ、見て。よく見て。これを忘れたとは言わせませんよ? 死神犬などと呼ばれ嫌悪される存在の私をあなたはためらうことなく救いの手を差し伸べてくださって、私はいたく感動したのです。ぜひあの時の恩返しをさせてください。お役に立ちます」


「めちゃくちゃ喋るな……。いやホントに一切記憶にございませんので」


 見てみると確かに自分が持っていたハンカチによく似ているが、こんな魔物まるだしのヘルハウンドを助けた覚えは全くない。こんなのとエンカウントしたら回れ右で全力疾走するだろう。


「ですから、先日、助けて頂いた、ヘル……」


「すいません今忙しいのでお気持ちだけで結構です」


 侵入してきた犬をドアの外に押し出そうとするが、アメリアの細腕ではびくともしない。


「いえいえいえ、恩返しさせていただくまで帰らないですよ。ワタクシこれでも義理堅いヘルハウンドなんです。あ、それともアレですか? 部屋が汚れるから犬は中に入るなってことですか? 汚い犬は玄関にも入っちゃダメですか? もしかして動物アレルギーとかあったりします?」


「ええ……? いや別に汚いとか思ってないですし……アレルギーもないとおもいますけど……いや、犬触ったことないから分からない……?」


「じゃあいいんですね! お邪魔しまーす!」


 アレルギーについてアメリアが考えている隙に、すかさずヘルハウンドはするりとすり抜け、部屋の中へと入って行った。追い返せなかった自分のヘタレ具合を呪い、アメリアはがっくりと肩を落とす。


(ああ……またこのパターンか……。本人が恩返しなんか要らんと言っているのに、どうしてみんな人の話をきかないんだろう……)



 アメリアはため息をつきながらヘルハウンドの後を追うと、家のリビングには魑魅魍魎……もとい、押しかけ恩返し連中が我が物顔で寛いでいた。


「なに~誰? あ、君も恩返しにきたの?」

「お前なんの種族? え? 地獄の番犬? なにそれ超レアじゃん」

「相変わらずアメリアは変な生き物とエンカウントするわねー」


 リビングの住民たちは好き勝手言いたい放題でワイワイと楽しそうだ。パッと見ホラーハウスだな、などとアメリアは他人事のようにその光景を眺めていた。いや、自分の家がだんだん魔物に乗っ取られていく現実から目を逸らしていただけだ。


 猫型の魔物、ケット・シー。

 炎の精霊、サラマンダー

 そして妖精のピクシー。


 いつの間にかアメリアの自宅は、魔物の巣窟となってしまっていた。


(これが全部恩返しにきた魔物だなんて、誰に言っても信じてもらえないだろうなあ……)


 項垂れるアメリアの前にピクシーが舞い降りてきて、くるりと一回転した次の瞬間、パッとその小さな妖精の姿から人型に変化した。

 魔物の姿と人型になった時では、質量が全く違うように見えるのに、触るとちゃんと生身の肉体がそこにあるように感じるし、魔物という存在は知れば知るほど分からなくなる。


 ピクシーの変化は見事なもので、何度見ても本物の人間にしか見えない。彼曰く、見鬼の才がある者でも見抜けないくらいに完璧に擬態できているらしい。


「じゃあ新人さんの歓迎会ってことでお茶でも淹れましょうか。アメリアはアッサムとオレンジペコーとどっちがいいかしら?」


 ピクシーが有能なメイドみたいな台詞をアメリアの耳元で囁く。


 銀色の長い髪に白い肌で、人化しても妖精のようだと比喩されそうなその姿は、いつもながら性別不明で可愛い。

 だから最初、魔物には性別がないんだろうと思っていたのだが、ピクシー曰く、『アメリアが女の子だから、アタシは男の子♡』と訳の分からないことを言って、以来ピクシーのことは暫定的に男性として扱っている。


「あの、わ、私はコーヒーがいいです……すっごい濃いやつ」


 アメリアは紅茶が嫌いなので、小さな声でコーヒーをリクエストすると、ピクシーからは『おーけーおーけー♪』と歌うような声が返ってきた。

 弾むような足取りで台所へ向かうピクシーの後姿をみながら、アメリアは深いため息をついた。


(この妖精も最初は蝶々だと思ってうっかり助けちゃったんだよな……)


 そう、アメリアは何故だか知らないが、妖精だの魔獣だの、おかしな存在としょっちゅう出会ってしまうという、ラッキーなんだかアンラッキーなんだか分からない運を持っていた。


 ***


圧倒的出オチ感。

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