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処女林と樹女 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふんふん、あのあたりでも植林事業が始まったのか……。

 おお、つぶらや。来たのか。

 なに、最近は植林に力を入れる企業がちらほら見受けられると思ってね。

 樹を植える植樹に対し、林を見据えて植えていくのが植林。そこにはしばしば生産的な意図が含まれる。

 木材の利用価値は安定しているけれど、その用意には時間がかかるもの。

 立派な材料として接するには50年か、あるいはもっとかかるか。植えた本人がその行く末を見届けるには、若いうちでないと厳しいだろうな。


 そのことは、寿命が短い昔だとなお意識されたらしい。

 たいていは子のこと、孫のことを考えての行動となる。しかし、中には長く生きて「気」を吹き込むことに、重点を置いた時期もあったようでな。

 俺の地元の話なんだが、聞いてみないか?



 俺の地元には、「処女林」と呼ばれる林があったと伝わっている。

 人によって読みは「しょじょりん」だったり、「おとめばやし」だったりするんだが、意味するところは同じだ。

 その林は物心ついたばかりの少女たちが、大人たちの手ほどきを受けて木々を植えられたものだという。

 俺の地元は交通の要所として、よく用いられた歴史を持っていてな。木材の安定供給は大きな課題のひとつだったと聞く。ゆえに植林もまた重要な任務だったわけだな。


 そして先に話したように、これらの植林は少女たちの手によってもっぱら行われる。

 子供を産むことができるのは女だからな。木、林、森を産むにも女の方が適していると考えられたためかもしれない。

 彼女たちは自分たちの植えた木の場所を覚えておき、およそ三カ月に一回の頻度でそれらの場所をめぐり、様子を見たうえで祈りをささげるよう命じられた。

 ご先祖のお墓参りに並ぶ大事な役目とされ、この間は男たちが彼女たちの穴を埋めることが推奨されたという。


 木に気を注ぐ。

 言葉の掛け合わせを含めたこの仕事の持つ意味は重く、彼女らによる近辺の行脚は一日をかけて行われることもザラにあった。

 くわえて、彼女たちには健康に留意することが義務付けられる。

 いわく、植えたときより木々は、生来の日光や水分にくわえて、植えた者の気を受けることがよき育ちにつながる。

 それが潰えるときが、木々の成熟の止まるときとなり、材としての質を保つことができなくなるだろうとも。ゆえに木が伐られて材木となるまでの間、女たちには長生きして気を送ることが求められた。


 時代によっては、木をこるまでの間に長生きした家には、報奨が与えられることもあったらしい。

 逆に木が育ちきるより前に亡くなり、将来的にその木が材に使われることがある場合、誰によって植えられた木が使われたかを時の為政者は記録しておく。

 もし、それによる倒壊などの事故が起これば、逆に罰せられることもあったようだ。親の因果が子に報い……のひとつのかたちだろう。

 そのため、村にいる女たちは常に優遇と重圧のはざまの中、自らの植えた木たちの面倒をみ続ける、拷問に近い時間を過ごすことがままあったらしい。

 

 その流れが途絶えることになったのが、のちに「樹女」と呼ばれるひとりの女性の存在がきっかけだ。

 流行り病によって、村の女がほぼ絶える寸前となったとき、生き残りの中で最も最年少であった彼女によって多くの木が新たに植えられることになったんだ。

 通常ならば、ひとりの女性が生涯で責任を持つ木はせいぜい数本。それを彼女は唯一の少女ということもあり、実に数百本をうけおったそうなのさ。

 彼女の肉親も流行り病に倒れている。たとえ罰せられることになっても、その時には自分ひとりがもういないのだから、迷惑はかけない……彼女の言い分はそれだ。

 

 しかし、村の生き残りである他の者たちによっては気が気でない。

 もし対象とする一族がいなければ、その分の仕置きが村全体の連帯責任となる恐れも否定はできない。

 実に数百本分の仕置き。これがひとつの家に降りかかるのなら、見世物として上等と思う輩もいたかもだが、自分にも害が及ぶかもと考えたら話は別だ。

 彼女の村における一切の仕事を他の者が受け持ち、代わりに彼女はケガひとつ負わないような高待遇の暮らしを受けることになったんだ。

 彼女自身も、自らに課せられた使命を重々承知している様子だった。

 決められた敷地の中とはいえ身体を動かし、望めばたいそうな量を用意してもらえる食事も常に皆と同じか、それ以下を望んだ。

 不足も飽和も命を縮める。

 そう悟った彼女は、植えた木々がすべて材に使われるまでの実に80年あまりを生き抜いたのだという。

 

 正直、為政者側としては助かっていた。

 本来なら相応の報奨を与えなくては面目が立たないところを、彼女ひとりがすべてを引き受けて逝ってくれたようなものだからだ。

 渡す義理もない。彼女に何かあったときに与えたであろう罰則については、村人たちは勝手に想像した域を出ない。こちらから警告したことは一度だってなかったからだ。

 このまま彼女の遺した木々を活用し、ふんぞり返っていればそれでいい。

 だが、彼女が亡くなってからしばらく経つと、妙なことが為政者の耳に入ってくる。


 昼夜を問わず、建物の中で余分な足音を聞いたり、誰かの話し声を聞いたり。ときには備えていた品の位置が変わったり、食べ物がなくなったりすることがあったという。

 最初は使用人たちの不手際かと思われたが、報告は領内の広い地域にてあがった。

 単独犯のものとは思えず、かといっていくら取り締まりを強めても組織的な犯行の気配を捕らえることはかなわなかった。

 ただ一点、共通していたことはこれらの奇妙な現象が起こる建物は、あの長年生きた彼女の手によって植えられた木材を使用していたということなんだ。


 最終的にこれらの建物はすべて取り壊され、他の木材を用いて建て替えられたという。

 人々はかの「樹女」が長く気を注いだことで、命が人の身体から木へ移ったのだと話したが、本当のところは分からない。

 その後、「処女林」はこの言い伝えを残し、以降は老若男女の別なく植林が行われるようになったんだってさ。


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