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災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい  作者: ねこたまりん
ヴィヴィアンの恋と革命
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(23)肉蠅の女王

 アーサー・メルリヌスは、埋葬虫たちに倒された肉蠅を回収して毒瓶に入れていた。


「あと何匹残ってる?」


──建物のなかに三匹、外に十匹だそうですじゃ。


「ぢゅぢゅん!」


「外は君たちに任せるよ。中は俺が始末しよう」


──お一人で大丈夫ですかな?


「ああ、三匹なら何とかなるよ」


──ではラストスパートですな!


──皆、行くぞい!


「ぢゅん!」


 埋葬虫とドクムギマキたちが窓から飛び出していき、室内にはアーサー・メルリヌスと、透明な捕縛膜に囚われたマルド商会長だけが残った。


 マルド商会長は、捕縛膜の中であまりにも暴れるので、うっかり自傷しないために、意識を奪ってある。


 薬壺を覆う呪力遮断の湯気は、だいぶ薄くなっていた。


「急がないと危なそうだな」


 アーサーは、制服のポケットから、親指の先ほどの大きさの灰色の玉を三つ取り出すと、小声で詠唱した。


「墓標の石礫(せきれき)よ、我が命の欠片と引き換えに、悪しき虫を(たお)せ」


 詠唱が終わると同時に、アーサーの胸から銀色の光が漏れ出て、手のひらの上の玉に吸い込まれた。


「行け」


 三つの玉は、宙に浮いていったん停止したあと、天井や壁に激しく衝突してから、持ち主の手に戻った。


 床には、玉に撃ち抜かれた肉蠅の死骸が三つ、落ちていた。


 死骸を拾うために屈もうとした途端、アーサーは強い胸の痛みに襲われ、その場に倒れかけた。


「…ちょっと命を削りすぎたか」


 薬壺の置かれたテーブルに手をついて、なんとか痛みをやり過ごしたものの、足に全く力が入らなくなったアーサーは、そのまま床に座り込んだ。


 命の欠片を使う攻撃魔術は、寿命を縮める可能性があるため、禁術指定されている。


 けれども戦闘においては起死回生の一手になる場合もあるため、王都警察部隊内での取り締まりはあまり行われず、事実上、本人の判断に任せる形で黙認されている。


 肉蠅を確実に倒す威力を弾丸三発に込めたたせいで、アーサーの生命力はごっそり削られていた。


「いい感じに死にかけてるな。これなら彼女を呼べそうだ」


 座ったまま死骸を拾って毒瓶に入れてから、アーサーは、召喚のための詠唱を行った。


「肉蠅の女王、ベラ・レギオネアよ、ささやかなる我が死の(うたげ)(きた)れ」


 詠唱が終わるのと同時に、襞の多い黒のドレスを着た少女が、むっつりとした顔で現れた。


──呼んでくれるのはいいが、せめて『肉蠅の女王』を外さぬか。気が滅入る。


「それを外すと、君はここに顕現できないだろう?」


──腹の立つことにな。で、アーサーよ、軽く死にかけているようだが、何があった?


「近頃また薬壺が暗躍してるらしくてね、呪い付きの肉蠅が見つかった。まだ外に十匹いる」


 肉蠅の女王として召喚された少女は、アーサーの持つ毒瓶をちらりと見てから、窓の外に目を向けた。


──外の者たちは、まだ生きておるようだな。一旦殺してもらわねば、魂を連れ帰れぬぞ。


「埋葬虫とドクムギマキがチームを組んでるから、すぐに済むさ」


 少女が意外そうな顔でアーサーを見た。


──そなた、眷属を得たのか?


「いや、借りているだけだ」


──そうか……元凶とも言うべき妾が言うのもなんだが、こんなことを一人で続けていれば、身がもたぬぞ。


「大丈夫だよ。それに、君は元凶じゃなくて、そいつの被害者だ」


 ベラ・レギオネアは、アーサーが指差した薬壺に、温度の感じられない視線を向けた。


──何度見ても、悍ましい呪具だの。この手で叩き壊せぬのが、口惜しくてならぬ。


「同感だ」


 窓の外から、ノラオたちの声が聞こえてきた。


──残り一匹じゃ!


「ぢゅぢゅん!」


──上空に逃げたようじゃぞ!


──なら高さ比べだの。抜き去って、上から猛攻じゃ!!



 アーサーは、「これを頼む」と言って、肉蠅の死骸の詰まった毒瓶をベラ・レギオネアに手渡した。


──無垢なる魂よ、我が元に帰れ。


 呼びかけに答えるかのように、肉蠅たちの死骸から光の粒が抜け出て、ベラ・レギオネアの胸元にとまった。


「外の空中戦も、そろそろ終わりそうだな」


──魂は回収しておく。そなたはここで休んでおれ。


「見つからないように気をつけてな。久しぶりに会えて嬉しかったよ、ベラ」


──死にかけた者にしか会えぬ妾を召喚して嬉しがるなど、正気の沙汰とは言えぬぞ。


薬壺(こいつら)がこの世にあるうちは、狂気の沙汰でやっていくさ」


 アーサーの気配に、青白い怒りの炎が立ち混じるのを感じたベラ・レギオネアは、そっとため息をついた。


──一人で無理をするなと言っても、そなたは聞かぬのだろう。呪いの縛りさえなければ、妾がの眷属になって支えられるのだがな。


「その言葉だけで十分だよ、虫めずる妖精姫、ベラ・グリシーナ」


 元の名前で呼びかけるアーサーに、ベラは寂しげな微笑みを返した。


──それは既に失われた名だ。二つ名もな。


「蘇らせるさ。ちょっと待たせるだろうけど」


 窓の外から歓声が聞こえてきた。


──討伐完了じゃ!


「ぢゅぢゅーん!!」



 ベラはアーサーに毒瓶を返すと、


──死ぬなよ、アーサー。


 と言い置いて、去って行った。


 アーサーは制服のポケットから魔力補充薬の小瓶を取り出して、一気に飲み干すと、テーブルで身体を支えながら立ち上がった。


「さて、もう一仕事だな」




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