(22)開戦
マルド商会の建物の中では、親子喧嘩が継続中だった。
「いい加減にしろ! わしは魔導医師のところになど行かん!」
「だったら、母さんとミルザの居場所を話せよ」
「オワーズ商会だ。何度も言わせるな!」
「オワーズに問い合わせても、従業員にマルド姓の人間なんていないって言われたぜ」
「問い合わせただと? 勝手なことをするんじゃない!」
スカーレットたちは、商会の建物の裏に回って、窓から中の様子をうかがっていた。
「息子たちは、四人全員無事のようね」
「いや、一人ヤバそうっすよ」
アーサー・メルリヌスは、長男が目を開いたま意識を失っているのに気づいていた。
「なあ、大っきい兄貴も黙ってないで、親父になんか言ってくれよ」
弟の一人が肩に手を置くと、長男はずるりと椅子から滑り落ち、床に倒れ伏した。
「うわっ兄貴!」
他の弟たちも駆け寄ってきた。
「おい、息してねえぞ!」
外で見ていたスカーレットたちにも緊張が走った。
「肉蠅にやられたんだと思う?」
「間違いないっす」
「ぢゅぢゅん!」
──たった今、噛まれたそうですじゃ。
スカーレットは即座に判断を下した。
「突入するわよ。私は応急処置をするから、アーサーたちは商会長と肉蠅をお願いね」
「了解っす。使い魔くんたち、一緒に来てくれ!」
一同は表玄関に回って、来訪意図を告げた。
「王都警備隊だ。マルド商会内でS級危険生物である肉蠅を飼育しているとの通報があったので、捜査させてもらう。抵抗すれば命の保障はしない」
「噛まれたら呼吸が止まって死ぬ虫よ。既に被害者がいるわね。処置するからどきなさい」
何がなんだか分からない様子のマルド一家を押し除けて、スカーレットたちはそれぞれの仕事を開始した。
アーサー・メルリヌスは、マルド商会長を魔術で捕縛し、薬壺から引き離した。
透明なカプセルのようなものに閉じ込められたマルド商会長は、中で暴れて叫んでいたけれども、音声を遮断されいるらしく、外にはなにも聞こえてこない。
「言いたいことは、あとでたっぷり聞いてやるっすよ」
それからアーサー・メルリヌスは、薬壺に向かって呼びかけた。
「呪いの核の人、起きてるっすか?」
薬壺はカタカタと蓋を鳴らして呼びかけに応じた。
「俺の魔力を送るから、それを使って肉蠅と呪いの連携を遮断してほしいっす」
アーサー・メルリヌスが手をかざすと、薬壺の口から白い湯気のようなものが漏れ出てきて、薬壺を薄く覆った。
「連携は遮断できたけど、俺の魔力じゃ長く保ちそうにないな。埋葬虫くんたち、呪いの悪知恵が届かないうちに、なんとか頑張ってくれ」
──了解ですじゃ!
一緒に飛び込んだ埋葬虫とドクムギマキは、潜んでいる肉蠅を素早く追い詰めていった。
「ぢゅん!」
──ほう、そこかの。とりゃっ!
「ぢゅぢゅん」
──ノラヨや、後ろに二匹おるぞい。
──ふぉっふぉっ、逃さぬぞい!
隠蔽魔術で姿と気配を消している肉蠅たちは、ドクムギマキに次々と居場所を見つけられ、埋葬虫に仕留められていった。
頭上の騒ぎをよそに、スカーレットは倒れている長男を仰向けにして、顔面に生命維持のための医療機器をすばやく装着すると、詠唱した。
「悪しき毒により弛緩せる全ての筋肉よ、我が生命の稲妻の力を使い、死の淵より即座に離脱せよ」
バリバリバリバリバリバリドシャーン!
目の眩む閃光と轟音が長男に襲いかかった。
「ぐわあああああああ!」
「はい、蘇生完了」
「兄貴は助かるのか?」
「ええ。元気に悲鳴を上げてたし、明日には元気になってるわ」
「で、でも痙攣してるぜ」
「ちょっと電流が強かったみたいだけど、誤差の範囲よ。まだ肉蠅の毒が残ってるから、病院に運んで処置してもらうわ」
スカーレットは魔導通信機を取り出して、王都病院の救急センターに連絡した。
「ヴィンフィルよ。肉蠅毒による重症者一名。場所は王都西端、マルド商会…ええ、応急処置は済んでるわ」
通話が終了するとまもなく、担架を持った救急部隊が転移してきた。
「患者はそこよ」
「ヴィンフィル医師も一緒に病院に戻られますか?」
「私はまだここでやることがあるから、あとは任せるわ」
「了解」
救急部隊と長男を見送ったスカーレットは、呆然としている息子たちに声をかけた。
「あなたたちに罪がないのは分かってるわ。ここにいると捕物の邪魔になるわね。とりあえず外へ出ましょう」
*オワーズ商会の関係者は、拙作「惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい」の第二章にも登場しています。




