ヴィヴィアンは噂を聞いた
スカーレットは、意識の飛んだシャルマン隊長を地べたに雑に寝かすと、近くにいた若い隊員に声をかけた。
「ねえ、おたくの隊長が『心労』で気絶したみたいだから引き取って。あと、病院の裏口に案内してほしいんだけど」
「心労っすか。俺にはチョップかまされて沈んだようにも見えたっすけど、気のせいですかね」
「気のせいよ。悪いけど案内急いで。放っておくと、群衆と虫がもっと増えるわよ」
「そりゃ困る。こっちです」
別の隊員が、シャルマン隊長を雑に引きずって、踏まれない場所に寄せているのを横目で見ながら、ヴィヴィアンとスカーレットは病院の裏手に向かった。
裏口前では、数名の警察部隊員と病院の守衛が、顔にたかる虫を追い払おうと悪戦苦闘してる最中だった。
「くそ、この小蝿!」
「蝿じゃないだろ。形が違う」
「俺には台所によくいるアレの小型版に見える」
「言うな、おぞましい!」
「あー、お忙しいところすんません。魔導医師の方が来たんで、院内への通行許可願いますー」
ヴィヴィアンたちを案内してきた隊員が声をかけると、守衛が虫とともに近づいてきた。
「こちらの病院所属の方ではないですよね。失礼ですが、お二人のお名前をうかがっても?」
「スカーレット・ビンフィル。こっちは助手のヴィヴィアン・ウィステリア」
「ありがとうございます。こちらで入館記録はつけておきますので、このままお通りください。ただその、院内は虫だらけで、ものすごいことになっていまして…」
「分かってる。それを片付けに来たのよ」
「どうかよろしくお願いします」
スカーレットとヴィヴィアンを最敬礼で見送る守衛の横で、警察部隊員たちがひそひそと話す声が聞こえてきた。
「おい、ウィステリアって、うちの隊長たちが酔っ払うたびに愚痴ってる、あの…」
「災禍の令嬢…」
「いや別人だろ。どう見ても普通の女性だ」
「うん、顔とか地味だったよな」
「それよりもビンフィル医師、話に聞く以上の美女だな」
「でも手が早いとも聞くぞ」
「どういう意味で手が早いんだ?」
スカーレットたちを案内してきた若い隊員は、どこまでも弾んでいきそうなゴシップに呆れつつも、保身のために水を差すことにした。
「あー、先輩方、『類まれな方々』の噂話は、ほどほどにしといたほうがいいっすよ。ちなみに、いらんこと言ったシャルマン隊長は、あっちで気絶中っす」
「なんだと? 何があった!?」
「じゃ、俺は表に戻るんで。お大事にー」
若い隊員の配慮の甲斐もなく、隊員たちのひそひそ声は、スカーレットとヴィヴィアンの耳にしっかり全部届いていた。
壁や天井にびっしりと黒い虫がはりついた病院の通路を進みながら、ヴィヴィアンは上機嫌でつぶやいた。
「どうみても私は普通の地味な女性……いい。とてもいい。うふふふふふふ。隊長さんはトンチキで異常だけど、隊員の人たちは、普通でいい人たちかも」
柄にもなく浮かれるヴィヴィアンに、スカーレットは憂いのこもった視線を向けずにはいられなかった。
「ねえヴィヴィアン、お願いだから、もう少し人と自分を見る目を養おうか」
「え、どうして?」
「まあ、いろいろ片付いたら教えるわ」