(10)おとりと、別の壺案件
ノラヨが「秘技、縮空」でウィステリア邸宅に戻ったのは、ちょうど午前のお茶の時間の頃だった。
人の姿に戻ったノラヨは、まず食堂を覗いたけれども、中にいたのは錬金釜だけだった。
「食台に菓子が出ておるが、誰も来ておらんの」
隣の厨房にタバサの姿もないことを確認したノラヨは、屋敷に声をかけた。
「リラさんや、姫様たちはどこに居られるかの」
──ついさきほど、タバサ様とノラジ様と、毒麦の大蛇さんが、お館様とノラゴ様のおられる地下五階の工房に入られました。
「毒麦の大蛇さんというのが分からぬが、皆のおるところに、わしも飛ばしておくれ」
──分かりました。ノラヨ様ご案内~
リラの掛け声とともに、ノラヨは地下に転移した。
地下工房ヒュポゲウム、という札のかかった部屋の中には、リラが名前を挙げていた顔ぶれが揃っていた。
「タバサや親父たちが、次々とここに来るってことは……なんかヤバいことが起きたってことだよな」
厳しい顔で言うノラゴに、ヴィヴィアンも頷いた。
「みんな、何があったのか、来た順に教えて欲しい」
ヴィヴィアンが願うと、まずタバサが話し始めた。
「ハンニバル・グリッドが、ついさっき、オラに悪さを仕掛けて来ただ。たぶん、オラをおとりにして、ビビ様を罠にはめるつもりだべ」
「ハンニバル・グリッド本人が来たの?」
「いんや、アーチボルド様……オラの夫だったお方に生き写しの、幽霊みたいなもんが厨房に出て、今夜誰にも言わずに一人で病院に行って、オラの子孫に会うようにと言ったんだ。そうすれば、ハンニバルの奴の餌食にならずに済んで、何もかもうまくいくからって。だけども、それがハンニバル・グリッドの罠だってことを、オラにだけ分かるように、本物の夫が知らせてくれたんだ」
「罠だって分かったのは、なんで?」
「まず、喋り方がまるで別人だっただ。よそ行きのバカ丁寧な言葉で、オラたちの子孫のことも、他人事みたいな言い方してた。なによりも、アーチボルド様が魔鴨猟で使ってた、このおとりを残していっただ」
タバサは、胸に抱えていた魔鴨の模型を、作業台の上に置いた。
「アーチボルド様の幽霊は、『魔鴨も鳴かずば撃たれまい』って言って消えた。でも鳴かない魔鴨は、おとり……罠だ」
工房にいる全員が、魔鴨を見つめた。
「なあ、あるじ、タバサの旦那って人は…」
ノラゴのつぶやくような問いに、ヴィヴィアンは小さく首を横に振った。
「分からない。でも、ここには、もういないと思う」
工房内の沈痛な空気を打ち払うように、タバサが明るい声を出した。
「夫のことは、最期にひと目会えたただけで十分だから、いいんだ。それよりも今夜のことだ。オラが病院に行かねえのは決まりだけども、ほっといていいとも思えねえだ」
「そうだよね。タバサが病院でグリッド一家に会うことで、発動する呪いが仕掛けられてるなら、スカーレットかイルザ様に解呪をお願いしないと」
「でしたら、わしのほうの壺案件も、まとめてお願いしますじゃ」
ノラヨの言葉に、皆が振り返った。
「壺って、トンチキ壺のこと?」
「そうですじゃ、姫様。あれと同じ壺に取り憑かれた別の一家が、さっき屋敷に押しかけてきたんじゃよ」




