ヴィヴィアンは叫んだ
解呪のためにヴィヴィアンの家を訪れたスカーレットは、まず婚約者からの手紙と贈り物を、一つ一つ念入りに調べた。
「かなり悪質だわ。特にこの珊瑚の髪飾り。容姿のコピーだけじゃなくて、魔力や生命力も、ごっそり吸い取って、同じ型の呪具に送るように造られてる。これつけてて、体調が悪くなったりしなかった?」
ヴィヴィアンは、カフェテラスで婚約者たちに近づいたときのことを思い出した。
「あの二人に近づいたとき、内臓をぐるぐる掻き回されるみたいで、吐くかと思った。スカーレットのところに行ったら、何ともなくなったけど」
「うちは呪いなんか寄せ付けない仕様だからね。あんた、この髪飾りつけたまま相手の女にもっと近づいてたら、かなり危なかったかも」
スカーレットは医療従事者用の黒い鞄から工具を取り出すと、髪飾りを分解しはじめた。
薄い血の色の珊瑚の玉が、飾りの台からぽろりと外れた途端、どす黒い煙が立ち登り、ヴィヴィアンの方へゆるゆると流れてきた。
「うひゃあ」
「呪具から呪いの核を外しても諦めないとは、恐るべき執念ね。呪いの主はそれなりの腕のようだわ。でも呪い返しには好都合だわ。強い呪いは強く返るから。ヴィヴィアン、そいつを呪い元に追い返して!」
「え、どうやって?」
「大っ嫌いな奴に向かって、心の底から拒否する言葉を叫ぶ感じで!」
「急に言われても……えっと、うわっ、こっち来ないでください!」
「弱い! 及び腰禁止!」
「おっ、お帰りはあちらです!」
「丁寧すぎる! もっと乱暴でよし!」
「黒くてキモい! 臭そう! 身体に悪そう! 嫌煙万歳!」
「はいトドメ!」
「婚約詐欺師! 地獄でザマミロ!」
「よし!」
ヴィヴィアンに向かって這い寄っていた黒い煙は、叫び声をぶつけられるたびに萎縮して、終いには小指の先ほどの黒い虫に変化した。
スカーレットが指で弾くと、虫はふっと姿を消した。
「肺腑を抉るほどじゃなかったけど、まずまず効いたんじゃないかしら」
「何が?」
「あんたの罵詈雑言」
「罵詈…そういうの苦手だから。そんなに腹が立ってたわけでもないし」
「あのね、こんなことされたら普通は怒るの。命吸い取られかけて、怒らないほうが異常でしょうが」
「異常……そっか、私のほうが普通じゃなくて、異常か」
ズレた方向にずぶずぶと落ち込んでいくヴィヴィアンを見て、スカーレットは何か言いたそうなそぶりをしたけれども、言うのは今ではないと思い直したようだった。
「ほら、さっさと残りも片付けるわよ」
ブレスレットの解呪も髪飾りと同じような手順で行われた。
スカーフと手紙の束は、スカーレットが平手でバシバシと叩いただけで、もわもわと大量の黒煙が上がってきた。
「ほら叫ぶ!」
「帰れ外道! 黒いヤツ退散! 消えろ害虫!」
煙が虫になると、間髪を入れずにスカーレットが弾いて消していく。指では間に合わなくなったのか、鞄から黒いファイルケースを取り出して、裂帛の気合いとともに虫を容赦なく叩きのめすスカーレットの姿は、ヴィヴィアンには舞い踊る悪鬼よりも恐ろしく、いや、頼もしく思われた。
「はい全部終了。お疲れ様」
「ありがとう。スカーレットこそ、お疲れさま……うう、怒鳴りすぎて、頭がグラグラする」
大声を出す機会など滅多にないヴィヴィアンにとって、呪い返しの罵詈雑言は、あまりにも過酷な作業だった。
「休ませてあげたいところだけど、あまり時間がないのよね。出かけるから支度して」
「どこに行くの?」
「カフェテラスの近くに病院があるでしょ。あんたの婚約者、そこの入院病棟にいると思う。女も一緒にね」
「え…会うの? 私も?」
「あんたが行かなくちゃ始まらないでしょ。呪い返しの結果を確認しないとね。それに、あんたが盗られたものも、きっちり取り返さないと」
「生命力と、魔力?」
「利息もガッポリ毟り取らなくちゃ。行くわよ!」
*この世界には、魔術のほかに、呪術や巫術など、魔力を 使う様々な術が存在しています。
*解呪の手法はいろいろありますが、スカーレット・ビンフィル医師は、気迫と物理(腕力など)に頼る方法を好むようです。