ヴィヴィアンは壺を軽くシェイクした
兄の言葉に疑問を抱いたユアン・グリッドが、声をあげた。
「息子を欲しがってたって……でも、それならなんで、薬壺はグリッド家の息子たちじゃなくて、嫁いで来た母さんたちを、ずっと奪ってきたんだろう」
「そこは、薬壺に聞いてみないと分からないわね」
ヴィヴィアンは、薬壺の蓋が開かないように押さえつけながら、小さく揺すってみた。
(なんか言いたそうなんだけど、よく聞こえない)
「話を戻すけど、このタイプの呪具を完全に抹消するためには、誰か一人の命を、代償として消費する必要があるとされているの。唯一の解呪の方法すらも、禁呪なのよ」
「人を代償にって…その人はどうなるんですか?」
ユアンの問いに、イルザ・サポニゲンは淡々とした声で答えた。
「呪具の核となった魂に乗っ取られて、人生を失うわね。この種の呪具に使われた魂が渇望するのは、自分が最初に呪った者と血の繋がる、生きた人間の身体よ。それも、嫡流に限られる。記録によれば、これまで解呪した事例は、すべて嫡男が犠牲になっている」
「それで…嫡流の者の身体を奪って人間になった魂は、どうなるんですか」
「人に戻った時点で力を失うから、どうとでもなるわね」
「どうとでも…それってつまり…」
「魂の願いを叶えて人の身体を与えてから、殺す。真実は藪の中だけど、ほとんどの家門は、極秘裏にそういうやり方をしたと推測されているわ。そうなると分かっていても、呪具たちの魂は、人に還りたがるそうよ」
病室の中に、息が詰まるような静寂が訪れた。
その中で、もっとも素早く声を上げたのは、ギル・グリッドだった。
「僕が薬壺の最後の器になるよ」
「駄目だギル! その役目は私のものだ。息子に責を負わせるなど、できるはずがない!」
「そんな! イヤだ父さん! 兄さんも! きっと何か別の方法が!」
「いいや、僕が適任だよ。いまの僕の身体は、ウィステリア嬢が作ってくれたモノだ。まだちゃんと魂が定着してないから、薬壺の魂に場所を譲ったら、その辺りをうろつきながら、のんびり自由に余生を送るさ」
「そんなの、そんなの……兄さんが消えてしまわない保証なんて、ないじゃないか!」
イルザ・サポニゲンは、痛ましげに親子を見つめていたが、言うべき残りの言葉を口にした。
「言うまでもないことだけど、その方法による解呪は、重犯罪となるわ。昨日からの騒動は広く知られてしまっているけど、薬壺の存在を掴んでいるのは、今の時点では、グリッド家のあなた方以外では、病院長と私、スカーレット、ヴィヴィアンの四人だけよ。もしも、グリッド家が、子孫を死の呪いから解放するために禁術に当たる解呪を選択したとしても、少なくとも病院長と私は、進んで話を漏らす気はないわ。スカーレットは、どう?」
「私は……その薬壺とやらには心底腹が立ちますけれど、他家の存続の根幹に関わる問題に、口を出したくはありませんわ。もしも我が家で同じことが起きて、他の方法がないとなれば、私自身もきっと、誰に止められたとしても、ギル・グリッドと同じ選択をするでしょうから……ヴィヴィアンは、どうする?」
病室内の悲劇的な空気に頓着する様子もなく、薬壺を傾けたり戻したりしていたヴィヴィアンは、スカーレットに声をかけられても、すぐには反応しなかった。
ギル・グリッドは、ヴィヴィアンが、自分たちのために、ひどく心を痛めているのだと思った。
「ウィステリア嬢、せっかくあなたに助けていただいた命を、無碍にするようなことを言って、申し訳なく思う。どのように償えばいいのかも分からない。だけど…」
ヴィヴィアンは、傾けていた薬壺を、くるりと逆さにひっくり返し、また上向きに戻してから、言った。
「ええと、唐突に藪から棒人間を出す感じで失礼しますが、グリッドのご子息を丸ごと犠牲にせずに、このトンチキな壺を無力化する方法を、いま思いついた」
「え!?」




