ヴィヴィアンは相談した
「で、どうしようもなくなってから、私のところに来たと」
ヴィヴィアンが頼ったのは、友人のスカーレット・ビンフィルだった。
魔導医師の資格を持つ彼女は、厄介事に巻き込まれやすいヴィヴィアンにとって、心から信頼できる「最後の砦」だった。
そして「最後の砦」だからこそ、安易に頼るべきではないと、ヴィヴィアンは常々自分を戒めていた。
事情を話し始めた途端、地獄のように不機嫌になった友人を前にして、ヴィヴィアンは、申し訳なさのあまり、床に穴を掘って埋まりたくなった。
「ごめん、スカーレット」
「なんでもっと早く来ないのよ。どう考えても怪しかったでしょうが」
「いいご縁かもって思ったのよ」
「どこがよ!」
「普通っぽいところとか、奇抜じゃないところとか、地味で無難そうなところとか」
夕日のように赤い髪を片手でかきあげながら、スカーレットはヴィヴィアンの真っ白な顔を、半目で睨んだ。
「その普通っぽくて奇抜じゃない男は、いつ、どんな風に地味で無難なプロポーズをしたわけ?」
「一カ月前……違った、三か月か、半年くらい前かな、『あなたの人生を僕にください』って言われたような」
「なにそれ、気持ち悪いわね! そいつの名前は?」
「え?」
「あんたの婚約者は、なんて名前かって聞いてるの!」
「あ、あれ……?」
ヴィヴィアンは、バッグに入れて持ってきた婚約者からの手紙をあわてて確認したけれど、どこにも差出人の名前はなかった。
スカーレットは半目でヴィヴィアンと手紙を交互に睨みながら、ふーっとため息をついた。
「つまりあんたは、名前も知らない異常な男と、知らないうちに奇抜でどうしようもない婚約をして、知らない女に危うく身体を乗っ取られかけてたと。ねえ、この話のどこが無難なのか、じっくりと説明してほしいわね」
「乗っ取りって……ええええ!?」
スカーレットは、ヴィヴィアンから手紙をひったくると、机の上に叩きつけるように置いた。
「この手紙、かなり高度な呪いが仕込んである。確認してみないと分からないけど、贈られたっていう髪飾りとかブレスレットとかも、怪しいと思う。あんたの容姿を丸ごと吸い取って、別の女に移し替えるつもりだったんでしょうね」
「じゃあ、カフェテラスにいた、私と同じ顔の人は…」
「偽物にきまってるでしょ!」
「だけど、一体なんのためにそんなこと」
「さあね。まあ見当はつくけど」
「そうなの?」
「あんたに成りすませば、あんたの暮らしとか財産とか繋がりとか、丸ごと横取りできるじゃない」
「あー」
そういうことかと、ヴィヴィアンは納得した。
無職の引きこもりのような一人暮らしをするヴィヴィアンだけれども、実は特技を生かした仕事で、とてつもない高収入を得ている。
お金があっても使い道のないヴィヴィアンは、図らずも、王都でも有数の個人資産を持つ令嬢として、知られるようになっていた。
交友関係のほうも、目の前のスカーレットを筆頭に、他人に羨ましがられる繋がりが少なくない。
「解呪、お願いできるかな。あちこち迷惑かける前に、なんとかしないと」
「結構ギリギリだし、高くつくから覚悟して」
「もちろん払う」
「お金じゃなくて、あんたの制作品でよろしく」
「わかった。何でも注文して。いつも迷惑ばっかりかけて、ごめん」
「謝んなくていいから、次はさっさと相談しなさい」
「うん」
今度何かあったら、最後の砦に最初に頼ろうと、ヴィヴィアンは心の備忘録に書き込んだ。
*スカーレット・ビンフィル……頼りになる友人だけど、怒ると怖い。魔導医師の資格を持ち、呪いを解く(解呪)のを得意とする。赤い髪がトレードマーク。