ヴィヴィアンはお昼ご飯を食べた
「え、いや、その前に連絡とか」
「ご飯が先だよ、ユアン・グリッド」
「父さんとか家のみんなに知らせないと」
「ご飯」
「ギル兄さんが見つかったんだよ! 食事なんかしてる場合じゃ」
「ご飯」
ぶれずにご飯の遂行を主張するヴィヴィアンに、メアリーも一票を投じた。
「ユアン、食べましょう」
「メアリー、だけど!」
「ギル様も、先にご飯、召しあがりたいですよね」
「うん。もちろん。そういう約束でこっちに戻してもらったしね」
ギル・グリッドは、椅子から立ち上がると、ヴィヴィアンに向かって、深々と頭を下げた.
「ウィステリア嬢、心から感謝申し上げる。あなたの力がなければ、僕はあのまま、消えていくしかなかった」
「私だけの力じゃない。ユアン・グリッドとメアリーが、昔、ギル・グリッドのことを好きだったから、毛布で体が作れた。だから、家族のおかげだよ」
「……そうか。ユアンも、メアリーも、ありがとう」
「ギル兄さん…」
「ギル様…」
ギル・グリッドは、懐かしそうに微笑みながら、涙を浮かべる弟を見つめた。
「ユアン、メアリー、大きくなったなあ」
「兄さんは…変わってないね。十八歳のときのままだ」
「そうだね。君たちに年齢を抜かれてしまったな」
「兄さんは、兄さんだよ。いつまでも」
「というわけで、ご飯にしよう」
ヴィヴィアンに促された兄弟たちが、紙袋からサンドイッチを取り出して食べ始めると、メアリーは病室備え付けの保冷箱から、飲み物の入ったガラス瓶を取り出し、人数分のコップに注いだ。
「ヴィヴィアン様も、よかったらどうぞ」
「ありがとう。これは、紅茶?」
「ええ。私が入院してからは、ユアンがそこのカフェテラスにお願いして作ってもらって、毎日差し入れてくれてたんです」
「あそこのお茶は、美味しいものね。冷たいのは、まだ飲んだことなかったけど」
「冷やしても、美味しいんですよ」
ユアン・グリッドは、不思議そうな顔で二人の話を聞いていた。
「僕、そんなことをしてたんだ…どうして色んなことを思い出せないんだろう。学院を卒業したなんて、まだ信じられないし、結婚のことも……父さんやセイ兄さんに聞いたら、何か分かるのかな」
サンドイッチをそろそろ食べ終わりそうなギル・グリッドが、弟を気遣うように言った。
「ユアン、不安なのだろうけど、父さんとセイモアに会うのは、もう少し待ったほうがいい。あの二人は、まだ呪いの支配から戻っていないんだ」
「呪い…?」
「うん。グリッドの家は、気の遠くなるような昔から、ひどい呪いをかけられていたんだ。ユアンにかけられた呪いは、ウィステリア嬢がすっかり消してくれたみたいだけどね」
「ギル様、昨日のことを、ご存知だったのですか」
「うん、メアリー。昨日だけじゃなく、僕がいなくなってから、グリッドの家に何が起きていたのかも、だいたい分かってる。分かってるのに、見ていたのに、僕は、何もできなかった…」
ユアン・グリッドは、悔しそうに俯く兄をみて、どうしようもなく心が痛むのを感じた。
そして、覚悟を決めた。
「ギル兄さん、メアリー、それから、ウィステリア嬢……話を聞かせてほしい。僕に…僕たちに、何があったのか」
「ユアン、でも…」
メアリーは、心配そうに夫を見つめたけれども、ユアン・グリッドの覚悟は揺るがなかった。
「メアリー、僕は、知らなくちゃいけないと思う。兄さんたちより力もないし、分からないことばかりだけど、グリッドの家が呪われてて、父さんとセイ兄さんが、今も苦しんでるんだろう? だったら、僕が助けなきゃ」
ユアン・グリッドの言葉に、兄が深く頷いた。
「ユアン、僕もいる。こうして戻ってきたんだ。二人で父さんたちを助けよう」
「ギル兄さん…毛布なのに、大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。毛布だって強いんだぞ」
兄弟たちよりも先に食べ終わったヴィヴィアンは、ワッパーウェアを帆布カバンにしまうと、机の上の薬壺を左手の平に乗せ、右手で蓋をがっしり押さえつけながら言った。
「ギル・グリッド、ご馳走様をしたら、このトンチキな壺の中で知ったことを、できるだけ手短に話してほしい。それを聞いて、今日これからのことを考えたい」
「分かった。その薬壺の呪いのことと、僕らの父がやったこと、僕が消えてから起きたことを、すっかり話すよ」




