ヴィヴィアンは寝具を選ばせた
「えっ、ギル様が!?」
「うん。誰か一人、中でボーっとしてるのは分かってたんだけど、ギルっていう名前が出たら、意識がはっきりしてきたみたい。出してあげないと」
「ギル様は生きていらっしゃるのですか!?」
「うーん、魂はあるから、死んでても、割となんとかなるかも、たぶん」
「!!!!」
メアリーは、思いもよらなかった奇跡が、自分のすぐ近くで起きようとしていることに、強い衝撃を受けた。
グリッド家がおかしくなってしまった発端とも思えるギルの死を撤回できると、ヴィヴィアンは言っている。割となんとかなるかも、と。
普通ならば、とても信じられそうもないことだった。
けれども、メアリーを死の淵からあっさり救ってしまったヴィヴィアンが言うのであれば、メアリーにとっては、それは既に事実に等しい事柄だ。
「ヴィヴィアン様、ギル様は、お戻りになるのですね」
長兄を慕うユアンが、どれほど喜ぶことか。
「うん。まず、ご飯もらって、ユアン・グリッドのところに戻ろう」
「はい!」
病棟の配膳室に着くと、調理担当の者たちが、紙袋に入れた軽食を配っていた。
「ごめんねー。みんなして寝ちゃってて、調理できなかったのよ。病院長夫人が王都中のカフェに出前を頼んでくれて助かったわー。たくさんあるから、お見舞いの人も一緒にどうぞ」
ヴィヴィアンは一つ、メアリーは二つ、紙袋を受け取った。
「一つは、ギル・グリッドの分」
「ヴィヴィアン様の分もいただきましょう」
「私はお弁当があるから、いい。戻ろう」
「はい」
病室では、ユアン・グリッドが不安げな
顔でメアリーを待っていた。
「ユアン、お昼よ。食べれる?」
「うん」
ヴィヴィアンは、病室に置かれていた小さなテーブルに、カタカタと震える薬壺を置いた。
「ギル・グリッドも、一緒にお昼が食べたいみたい。呼び戻すね」
「えっ、兄さん!?」
ユアンが驚いてヴィヴィアンを見た。
「ユアン・グリッド。兄のギル・グリッドは、シーツとカーテン、どっちが好きだったか、覚えてる?」
「へ?」
「取り合わせが悪いかな。じゃあ、毛布と枕なら、ギル・グリッドはどっちを選ぶと思う?」
「え、ええと…」
ユアン・グリッドが素直に悩み始めたのを見て、メアリーは助け舟を出した。
「ねえユアン、子どもの頃、お兄様たちと、キャンプごっこしたときのこと、覚えてる?」
「うん、覚えてる。兄さんたちは大きかったけど、僕もメアリーもまだちっちゃくて。君がうちにお泊まりに来てくれた時、ギル兄さんの部屋にみんなで集まって…」
「キャンプファイヤーだって言って、熱くない炎を、セイモア様が魔術で出してくださったのよね」
「うん。セイ兄さんは、呪術も魔術も得意だったから、すごくカッコよくて羨ましかった。僕は魔術が苦手だから、呪術で歌う花を作って君に見せようと思ったのに、花が眠りの呪いの歌を歌いだしちゃったから、君は寝ちゃうし、僕も寝そうになっちゃって」
「それで、ギル様は、私たちを毛布でくるんで、運んでくださったのよね」
「うん」
ヴィヴィアンは、二人の思い出話を聞き終えると、ユアンのベッドから毛布を取り上げた。
「ギル・グリッドは、毛布だね」
「ええ。ギル様は、大きな毛布みたいに包容力があって、あたたかいご性格の方でしたから、私もユアンも、とても慕っていたんです」
「分かった。ちょっと待っててね」
ヴィヴィアンは、毛布を一度床に落としてから拾い上げ、テーブルの前にあった椅子の背にかけた。
「薬壺の澱みに棄てられし、ユアン・グリッドとセイモア・グリッドの優しき同胞の魂に願う。同胞を包み温める夜具をその身として蘇り、喜びの昼餉を共にせんことを」
ヴィヴィアンの詠唱が終わると、薬壺の蓋がずれて、白い霧が漏れ出てきた。
霧は椅子の背にかけられた毛布の上で、すこしばかり逡巡していたけれど、やがて意を決したかのように、中にすーっと入っていった。
すると、毛布は宙に浮いて筒状に丸まり、人間の胴のように椅子に腰を下ろした。
毛布の筒が、青みを帯びた黒髪の少年の姿になるのに、瞬きするほどの時間も掛からなかった。
「ギル様!」
「ギル兄さん…ほんとうに…?」
「ユアン、メアリー。長い間苦しめて、ごめん」
「じゃ、みんなでご飯にしようか」
ヴィヴィアンは、帆布カバンから謎肉シチューとサンドイッチを詰めたワッパーウェアを取り出して、テキパキと自分のランチの支度を始めた。




