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災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい  作者: ねこたまりん
ヴィヴィアンの婚約
32/89

ヴィヴィアンは対話した

「本日は、対話をしに参りました。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、セイモア・グリッドは小馬鹿にしたような顔でヴィヴィアンを見た。


「対話? あははは、ねえ母様、聞いた? 陰気でつまらない女が、呼んでもないのに入ってきて、つまらないことを言っているよ」


「そちらの壺の中のお母さんたちも、はじめまして」


 薬壺から小さな飛沫が上がった。


「うるさいゴミ女! ボクの母様に話しかけるな!」


「異世界の巷では『母を訪ねろ三千回』と言うそうですよ。母教の信者として、信仰の対象として、あらゆる母を表敬訪問しろということではないかと推測されているそうです」


「なんだよ母教って! それ以上くだらないことを言ってると、いますぐ殺すから!」


「大丈夫です。『殺されません、勝つまでは』」


「誰が誰に勝つんだって? ヴィヴィアン・ウィステリアの分際で、ボクと母様に勝てるとでも思ってるの?」


「『勝てば勝つ、勝たねば勝てぬ、何事も』っていう格言を、先日とある本で学んだのですが、私、その通りだと思いました。あなたはどう思われますか?」


「そういうことじゃなくてさあ! 人の話し聞けよ! ゴミで頭の中がいっぱいなのかい!?」


ガツンガツン!


──姫様に向かって何という口のききようじゃ!


「ゴミ虫がボクの邪魔をするな!」


──邪魔なのはおのれの皮じゃろうが! 


──そーれ、外してみんかい!


ガチーン!

ゴチーン!


 埋葬虫たちが体当たりで抗議するので、セイモア・グリッドは『羊膜』を外せない。


 そして、対話が弾まない。


「イカした格言で話題を盛り上げるというのは、スピーチの初歩的技法だそうですが、なかなか難しいものですね」


「話が進まない原因はお前のゴミ虫だろ! なんとかしろよ、ヴィヴィアン・ウィステリア!」


 ヴィヴィアンは、こてん、と首を傾げた。


「さっきから気になっていたんですけど、皮を被っている方は、どうして私の名前を知っているんでしょうか」


「ふん、クサい演技だな! いまさらボクを知らないなどと言うつもりか!」


「はい知りません」


「このボクが! お前なんかに有難くも三度も求婚してやったことを、忘れたとは言わせないからな!」


──姫様に求婚とな!?


──五億万年早いわ!


ガゴーン

ドゴーン


「やかましい!」


 実のところ、ヴィヴィアンへの結婚の申し込みは相当な数に登っているのだけど、スカーレットをはじめとした周囲の者たちが、鉄壁のガードで弾き返しているために、ヴィヴィアン本人はほとんど知らない。

 

「はて。忘れたのか、忘れたことを忘れたのか、どちらなのかわかりませんけれど、私に求婚してきた人といえば、直近ではユアン・グリッドです。あなたもユアン・グリッドでしょうか」


「あんな馬鹿弟とボクを一緒にするな!」


「そういえば、顔が少し違ってました。でもちょっとだけ、似ている気がします。そしてユアン・グリッドが馬鹿弟さんということは、皮を被っているかたは、ユアン・グリッドのお兄さんということになりますか。はじめまして」


「名前くらい覚えろ! ボクはセイモア・グリッドだ!」


「すみません。スカーレットに『あんな変態男、未来永劫知らなくて構わない』と言われているので、覚えられないかもしれません」


「なっ!!!」


──そーれ変態!


──ほーい変態!


ドゴーンガゴーン


「もう許さない…お前たち、絶対に許さない…」


 セイモア・グリッドは、激しい怒りで身体を震わせた。石膏のように白い顔がピシリピシリと割れ始め、青い亀裂が増えていく。


 このままだと、自分がぶっとばす前に壊れてしまいそうだと、ヴィヴィアンは思った。



「対話する二人の間にパーティーションがあるのは、好ましくないと思うのです。撤去いたしましょう……我は求める、かの者の輝ける母の護りに、ひとときの休息を」


 ヴィヴィアンの詠唱が終わると同時に、セイモア・グリッドを包んでいた固い『羊膜』は、ぐにゃりと歪んだかと思うと、薬壺の中に吸い込まれるように消えていった。


「勝手なことをするな! 母様、ボクの『羊膜』を戻して!」


 けれども薬壺は、少年の姿に変化したノラゴの手で奪われ、蓋を閉じられた後だった。


「ふーっ、変な匂いが薄くなったおかげで、やっと戻れたぜ!」


「ノラゴ、大丈夫?」 


「ああ! もらった肉もうまかったしな!」


「母様を返せ!!!」


 ぼかーん!


 薬壺に縋りつこうとするセイモア・グリッドの後頭部に、埋葬虫の一撃がクリーンヒットした。


──ありゃ、ちょっとばかり、加減を間違えたかの。気絶してしもうたわ。



「対話って、難しいね…」


「いや、あるじは結構頑張ってたと思うぜ…」


 セイモア・グリッドがうつ伏せに倒れている場所から少し離れた床の上では、起き上がるタイミングを完全に逃したサポゲニン病院長が、心の中でつぶやいていた。



(私の出番は、なかったな…)



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