ヴィヴィアンは考えた
カフェテラスからどうやって家にかえりついたのかは、覚えていない。
ひどい動悸がするのは、走ってきたからだけではない気がする。
身体の奥底からせりあがって来るような悪寒に追い立てられるかのように、ヴィヴィアンは、寝室のクローゼットの扉を開けて、これまで婚約者から贈られた物を取り出した。
赤い薔薇の模様のスカーフ。
カフェテラスにいた彼女は、これも身につけていた。
ガーネットをあしらったブレスレット。
あまり好みではないので使っていなかったけど、あの彼女はつけていた。
婚約者は、同じ顔の二人の女性に、全く同じものを贈っていたことになる。
「だけど、一体何のために?」
ヴィヴィアンは、机の上の文箱を開き、婚約者からもらった手紙の束を取り出だして、一番新しいものを読んでみた。
そこには、「次の闇の日」にも会えそうにないことと、結婚の準備はお互いに時間の余裕ができたら始めることにしようという、これまで何度も伝えられてきたことが書かれていた。
雑談めいたこともたくさん書いてあったけれど、吐き気と動悸がひどくて、何も頭に入ってこないし、思い出せない。
婚約者の言う「次の闇の日」は、今日のことだ。けれども今日、彼は別のヴィヴィアンと会っていた。
突然、目の奥を刺すような痛みを感じて、ヴィヴィアンは頭を手で押さえた。
すると髪飾りが手に触れたので、そのまま外して机に置いた。
婚約を続けるわけにはいかないとは思うものの、考えが少しもまとまらない。
「婚約破棄って、どうやればいいんだろう」
別の女性との浮気なら話は簡単だけれども、浮気相手がヴィヴィアンと同じ人間だった場合、それは浮気と言えるのか?
カフェテラスで婚約者を直撃すれば、一番手っ取り早かったとは思うけれども、あのときの自分ではどうしても無理だった。
説明は難しいけれど、彼らに近づいてはいけないという、本能的な恐怖を感じた気がする……
そこでヴィヴィアンは、ふと気づいた。
婚約者は、カフェテラスにいたヴィヴィアンが、本物のヴィヴィアンでないことを知っていたはずだ。
だって手紙に「次の闇の日」にも会えそうにないと書いて寄こしたのだから。
ヴィヴィアンはもう一度、一番最近の手紙を手に取ってみた。
すると、文面の中のいくつかの文字が、奇妙に薄れているのが目についた。
薄くなった文字を、人差し指で触れてみると、ピリリと痺れるような感覚があり、気持ちの悪さが一段とひどくなった。
薄れている文字を順に拾って繋ぎ合わせると、そのままヴィヴィアンの名前の綴りになった。
「あ、これ、ヤバいやつかも」
ヴィヴィアンは、自力で対処することを諦めて、「専門家」に話を持っていくことにした。
*光の日と闇の日は、一般的に仕事を休んで休養を取ることになっています。こちらの世界の日曜日と土曜日と似たような感じですが、休まずに働く人々がいるところも、同じです。