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災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい  作者: ねこたまりん
ヴィヴィアンの婚約
27/89

ヴィヴィアンは病院に行った

 黒い虫がすっかり消えた病院のなかは、気味が悪いほど静まり返っていた。


「人の気配が少ないわね」

「今日は光の日だもの」

「それにしてもよ。入院患者がいるのだし、休日のお昼なら、見舞客が多いはずなんだけど」


 無人の広いロビーを抜けて、医局のほうに行ってみても、人の姿は見えなかった。


「やっぱり変だわ。サポゲニン病院長の執務室に行ってみましょう。休日でも出勤している方だから、きっといるわ」


 サポゲニンの執務室は病院の最上階の十階だった。


 魔導昇降機は、なぜかどれも動かなかった。  

 ヴィヴィアンたちは階段を登りながら、途中の階を覗いたけれども、病室のドアが全て閉まっていて、人の気配は奇妙なほど薄かった。


「人がいることは、いるみたいなんだけど…」


「患者さん、全員、寝てる?」


「ありえないわ。普通ならね」


「うん。昼間に全員寝てるのは、普通じゃない」


 十階に着いた途端、ノラゴが叫んだ。


「あるじ、なんか臭うぞ!」

「え、私、くさい?」

「そうじゃない! これは」


──人が、死につつある臭いじゃな。


「えっ?!」


「臭いは分からないけど、強い呪いの気配がするわね。それと、強烈な殺意。下の階では何も感じなかったのに」


「屍人の臭いだけじゃねーぞ。もう一つ、変に甘い匂いが……なんだこれ、やべぇ、身体が保たねえ」



 床に崩れ落ちるように座り込むノラゴを、ヴィヴィアンは慌てて支えた。


「ノラゴ! どうしよう、お腹がすきすぎた? ご飯食べる!? サンドイッチと謎肉シチューあるよ!」


「食いてぇけど、いま、無理…」


──甘い匂いは、魔導虫をたぶらかす魅惑のフェロモンのようじゃな。わしらみたいな百戦錬磨の老虫には効かんが、本来なら幼虫にも効かんはずなのじゃ。おそらくは、何か邪悪な処理でもしたものだろうの。


──ノラゴや、変化を解いて虫に戻れ。少しはマシなはずじゃ。


「そうするよ。うう…気持ちわりぃ」


 ヴィヴィアンは、幼体に戻ってぽとりと床に落ちたノラゴを拾って、そっと帆布カバンに入れ、謎肉ガムをそばに置いた。


「食べれるようになったら、食べて」


──ありがと、あるじ。ちくしょー、すぐ元気になって、匂い出してる奴をぶっ飛ばしてやるからな…


 病院長の執務室は、階段からずっと離れた、廊下の突き当たりにあった。


「ドアが少しだけ開いているみたいね」


「変な匂いを流すために、わざと開けてたのかも」


「きっとそうね。部屋の中に病院長と、殺意のヌシがいるみたい」


「ぶっ飛ばす?」


 ヴィヴィアンがゲンコツを握って構えると、親虫たちが前に出てきた。


──わしらが先に中の様子を見てこよう。姫様と姐様は、ここでお待ちくだされ。


「オヤジさんたち、危なくない?」


──大丈夫じゃよ姫様。わしら、こう見えて、結構強いんじゃ。


──久々の捕食じゃな! ほほほ、腕が鳴るわい!


──百年ぶりに踊り食いを楽しもうぞ!


「あー、あなたたち、病院長は食べないであげてね」


──捕食不可なのは、活きがよいほうか、死にかけてるほうか。


「ほとんど死にかけてるほうよ。間違って齧っちゃうと、病院長の奥様があなたたちを死ぬまで追いかけて、殺虫管に放り込むまで許さないだろうから、気をつけなさいね」


──(つがい)がそれほどの剛の者とは、病院長とやら、羨ましき男じゃの。


──番といえば、わしらの番は、どうしておるかのう。


──ほれ、爺ども、とっとと荒事を片付けようぞ! 姫様を待たせてはいかん。


──誰がジジイじゃ! わしゃお主より若いわい! わしの番もな!


──覚えとらんくせに、よく言うわ。


 親虫たちは、触覚を細かく震わせながら飛び上がり、暗い廊下へ向かった。



 後ろ姿を見送りながら、ヴィヴィアンはつぶやいた。


「オヤジさんたち、奥さん、いたんだ…」

「そうみたいね」


 帆布カバンの中から、ノラゴのか細い声が聞こえた。


──かーちゃんたち、マジ、こえーんだよ…

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