ヴィヴィアンは感動した
ヴィヴィアンの周囲を飛び回る埋葬虫を目で追いながら、隊員は職務質問を開始した。
「あんた達、そこで何をしていた」
「特に何もしてないわ」
スカーレットがしれっと答えると、隊員はますます疑わしげな目を向けた。
「そっちの君は?」
「私は、そこの家の庭を見ていただけ」
「その虫はどうしたんだ」
「みんな、うちの子たちだよ」
「そこの家の庭から飛び出して来ただろう」
ヴィヴィアンは、言葉を慎重に選ぶために、少しだけ考えた。
(この子たちがユアン・グリッドのものだと思われたり、昨日の呪いに関係してると思われたりするのは、たぶんまずいよね)
「ええと、探してたんだけど、さっき、たまたまそこの家にいるのを見つけたから、呼び戻した」
(うん、嘘は一つも言ってない、よね)
「たまたまだと? 不自然だな。昨日の騒動に関係している可能性がありそうだ。虫はこちらで回収する。君たちにも詳しく話を聞きたいので同行してもらおう。そちらはビンフィル医師だったか? 異存はないな?」
「おおありよ! 何もしてないんだから!」
「やましいことが何もないのなら、同行しても構わんだろう」
「これから患者の治療があるのよ!」
「なら虫の所有者だけ、一緒に来てもらおうか」
スカーレットの言い分を無視した隊員たちが、捕縛の魔術を使おうとしてヴィヴィアンを取り囲むと、ヴィヴィアンの服にしがみついていた埋葬虫の幼体が地面に飛び降りて、ギラリと青白い光を放った。
「おい! おかしな術を使おうとするなら、武力制圧するぞ!」
いきり立つ隊員の足元近くに這い寄ると、幼体は青白い輝きを増しながら、愛くるしい少年の姿に変化した。
「おいおっさんども!俺らのあるじに手を出すなら、容赦しねーぜ!」
「あるじ、だと?」
「はい、あるじです。この子たちは私の使い魔なので」
(今決めたばかりだけど、それは言わなくてもいいよね)
心のなかで独りごちながら、ヴィヴィアンは、いかにも嘘をついていなさそうな顔をした。
「使い魔が普通迷子になったりするか!」
「お腹がすきすぎてたんです。普通です」
「食事をきちんと与えんからだ!」
「いま与えました」
「毎日やれ! 世話を怠るな!」
「迷子になってたので、無理でした」
「そもそも、なんで迷子になどなったんだ!?」
言い訳に詰まったヴィヴィアンは、当事者である幼体のノラゴに、とりあえず丸投げしてみた。
「……ノラゴ、なんで迷子になったんだと思う?」
「ああ? そりゃ、ええと……そういうこともあるってことだ! 俺らは埋葬虫だからな!」
ビシッと決めたつもりのノラゴだったが、隊員は納得しなかった。
「埋葬虫だから、何だと言うんだ!」
「ヤベぇこの世ん中じゃ、生き死になんてどこでも起きてんだろ?! 死んだやつがいれば埋葬だってするだろ! そういうことだ!」
「わけが分からん!」
ノラゴは小さな身体で隊員の前に仁王立ちすると、一気に捲し立てた。
「うるせえこの屁っこき虫野郎! どこにだって居たくない場所があるってことは、居たくない場所に居ちまうこともあるってことだろうが! 人間だって魔導虫だって、居たくもない場所にいつまでも居させられたら心がガッツリ削られちまうのは、当たり前じゃねーか! まして泣きたいの我慢して、食いもんもなくて、ずっと歯ァ食いしばってるしかなかったら、身も心も動くに動けなくなったりもするもんだろ! いい年のおっさんなら分かれよ、そんくらい!」
親虫たちは、ノラゴに加勢するかのようにブンブン飛び回っている。
旋回する虫たちから少し離れていたスカーレットは、割って入るタイミングを見極められず、頭痛を堪えるような顔で成り行きを見守っている。
一方でヴィヴィアンは、ノラゴのセリフに大いに感動していた。
(まだちっちゃいのに、すごく偉くて、すごく深い…ような気がする。こういうのを、『可愛いは正義の始まり』っていうんだね、きっと)
謎の理論に押し捲られていた隊員たちまでが、図らずもノラゴの言葉に心を射抜かれてしまっていた。
「うむ……そういうことも、あるよな。人間だものな」
「新人訓練のときの地獄を思い出したっす」
「班長、腹減りましたね」
「俺ら、もう半日以上、ここに詰めてますけど、交替要員、いつごろ来ますかね…」
班長と呼ばれた隊員は、ノラゴの背丈に合わせるように腰をかがめて、言った。
「話は分かった。君たちも、つらかったんだな」
「おうよ! でもあるじに会えたから、もう平気だぜ! 俺らはうちに帰るから、おっさんたちも、うまい物いっぱい食って、元気出していこーぜ!」
「そうするよ。ああ、彼らのあるじ殿、同行は必要ないので、名前と職業だけ教えてくれ」
「ヴィヴィアン・ウィステリア。リサイクル業者、です」
「ヴィヴィアン……わかった。騒がせて済まなかった」
職務質問をしていた隊員の脳裏には、シャルマン隊長が「次は逃さんぞヴィヴィアン・ウィステリア!」と雄叫びを上げていた姿が過ぎったけれど、自分がずっと有給休暇を取れずにいたことを思い出すのと同時に、そっと忘れることにした。




