ヴィヴィアンは仲間を呼んだ
ヴィヴィアンの行きつけのカフェテラスから、王都病院とは反対の方向に少し歩いたところに、ユアンとメアリーの家はあった。
こぢんまりとした切妻屋根の家の周囲に、黄色いロープが張り巡らされ、立ち入り禁止の札がぶら下がっている。
スカーレットはロープのそばで警備をしていた警察部隊員に近づいて、声をかけた。
「ここの家について、ちょっとお話が聞きたいのだけど」
「住人の知り合いかな?」
「私は魔導医師のビンフィル。ここのご夫妻とは知り合いよ。昨日の騒ぎのあと、お家が無事かどうか、代理で見に来たんだけど」
「外側は見ての通りだ。中については捜査中だな」
「そう。手間をとらせてごめんなさい」
スカーレットとヴィヴィアンは、警察部隊員から距離を取ると、小声で話し始めた。
「やっぱり、何かいるわね。かすかに呪いの気配がするけど、呪い主に放棄されたのか、繋がりがすごく薄いみたいで、把握しにくいの。ヴィヴィアン、何とかできない?」
「誰かに捨てられたものなら、呼べるかも」
小さな庭木の根本あたりをじっと見据えながら、ヴィヴィアンは小声で詠唱した。
「生きながら忌まれ追われるものたちよ、倦まれることなく在るべき場所への縁を求めて、そのかそけき声を我に届けよ」
すると、か細い声が聞こえてきた。
──誰だてめえ。メシ食わすつもりがないなら、声なんかかけんなよ!
「やっぱりいたわね」
「虫だけど、昨日のとは違うみたい」
「どれくらいいそう?」
「たぶん五匹くらい。すごく弱ってる」
「ヴィヴィアンにかけてた呪いは、本人に返ったあと、全部消えたはずだし。ユアン・グリッドのペットかしら」
「家の土台齧ってるから、違うと思う」
「いるのが把握できたから、捕獲して確認するわ」
「殺虫管はかわいそうだから、私がうけとめるよ」
「わかった。お願いね」
スカーレットは短く詠唱した。
「禍事に連なるものよ、我がもとに来たれ、バグキャッチング」
子どものゲンコツほどの大きさの虫が飛んできて、吸い込まれるように、ヴィヴィアンの手のひらに、びたんと落ちた。
──うわあ! いきなり何すんだ! まぶしいじゃねえか!
金属が軋むような声でわめきちらす虫を見て、スカーレットが即座に種族を判別した。
「これは、埋葬虫の幼体ね。妙に青白いのは、弱ってるからかしら」
「子どもなんだ。ぷにぷにしてて、ちょっと可愛い」
「可愛い…?」
「普通に可愛いよね」
体節をぐにょぐにょ伸縮させて蠢く虫を見れば、靴底で蹂躙したくなる人間だっているだろうに、ヴィヴィアンにとっては愛玩の対象になりえるらしい。
──お? 見る目があるじゃねえか、メガネっ娘! で、てめえら、俺に用でもあるってのか!?
「うん。聞きたいことがあるの」
──メシくれるんなら、話してやってもいいぜ!
「何が食べたい?」
──肉! 腐りかけの香ばしいやつ!
「謎肉でもいいなら」
──なんだそりゃ、聞いたことねえ肉だな。
「すごくおいしいよ」
──乗った! で、何が聞きたいんだ?
「ユアン・グリッドの家の下で、何してたの?」
──何もしてねえよ。腹減ったから、庭木と家を少し齧ってたけどな。
「誰かに呼ばれて来たの?」
──あー、たぶんな。俺の親の親の親の親くらいの話だから、もう誰も覚えてねえけどな。
「親の親の親の親と、その子どもと子どもと子どもは、どうしてるの?」
──みんなあそこにいるぜ。弱っちまってて、もう誰が誰の親だったかも、分かんなくなっちまってるけどな。
「そっか。分かった。ならみんなで、うちに来る?」
「ちょっとヴィヴィアン!」
思わず止めようとしたスカーレットに、ヴィヴィアンはしっかりと自分の気持ちを伝えた。
「あのまま、ユアン・グリッドの家の下にいるのは、よくないと思うから、連れていって、うちで守る」
「それはそうだけど、だからって…」
「大丈夫。いい子たちだって分かるから」
──おうよ! メシさえもらえれば、俺らは悪さしないぜ! 特技は特殊清掃だ! どんな戦場でも死体一匹残さねえぜ! ガラクタもな!
「いいね。頼もしいな。今日から末長くよろしくね」
──おう! 他の皆んなもこっちに呼んでくれ!
「うん……我が手の中の心直なる、いとけなきものの同胞たちよ、対価を示し、我は願う。よるべなき地中から解き放たれて、我が家に住まうものとなれ」
ユアン・グリッドの庭土から青白い塊が四つ、びゅっと飛び出して、ヴィヴィアンとスカーレットを取り囲むように、宙に浮かんだ。
「こちらは成虫だわね」
「ツヤツヤしてて綺麗」
──来たか、オヤジたち! 引越し先が決まったぜ! 雇い主もな!
──なんじゃと? メシは出るのか?
──どっさり出るってよ!
──なんとおおおお! あるじ様はいずれの方じゃ!?
──そこの黒いメガネっ娘だ!
──おおおおお! 闇の化身のごとき黒の姫君じゃな!
「みんな、お腹空いてるよね。謎肉ガム、食べる?」
ヴィヴィアンは、帆布バッグから小ぶりのワッパーウェアを出すと、謎肉ガムを五つ取り出して、埋葬虫の一家に配った。
──うおおおおおおおお! なんじゃこの美味なる肉は!
──ほど良き腐り加減じゃな!
──百年ぶりに、力が満ち溢れるぞい!
「そのガム、持って来たのね…」
「小腹が空いたときに、いいとか思って。スカーレットもいる?」
「でも、腐ってるって言ってるわよ」
「腐敗じゃなくて、醗酵だと思う。いい感じに酸味があって、食べやすいんだ」
「あとでもらうわ…」
久々の食事で力を取り戻した埋葬虫たちは、本来の青鈍色を取り戻し、ヴィヴィアンの前に横一列に並んで浮かんだ。
──美しき黒の姫君よ。我らノラシデの一族、これよりクロヒメシデの一族と名を改め、とこしえに、姫君の僕とならんことを誓いまする。
「ありがとう。私はヴィヴィアン・ウィステリア。皆んなの名前も教えて」
──古きものから順に、ノラオ、ノラジ、ノラサブ、ノラヨ、ノラゴと申しまするが、そこの幼きノラゴの他は、いまとなっては、どれが誰やら分かりませんでな。
「そこはおいおい、探っていこうか。ご飯たべて元気になれば、きっと思い出せるよ」
──ありがたき幸せ!
「えへへ、一緒に暮らす仲間ができた」
「ヴィヴィアン…」
嬉しげなヴィヴィアンに、スカーレットが複雑そうな視線を向けていると、ユアン・グリッドの家を警備していた警察部隊員たちが走り寄ってきた。
「おい! その虫はなんだ」




