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災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい  作者: ねこたまりん
ヴィヴィアンの婚約
23/89

ヴィヴィアンはお弁当をこしらえた

 ヴィヴィアンが目覚めた時、朝食にふさわしい時間帯はすでに過ぎ去り、そろそろお昼ご飯を用意する頃合いとなっていた。


「まずい。スカーレットが来ちゃう」


 寝台から飛び出して洗面室に駆け込み、じゃぶじゃぶと顔を洗うと、すっきりと目が覚めた。


 それから寝室に戻ってクローゼットを開き、服を選んだ。


「今日は光の日だから、仕事着じゃないほうがいいよね」


 ヴィヴィアンの世界の一週間は、光の日から始まり、闇の日で終わる。通常、この二日間は、休日とされている。


 王都病院のサポゲニン病院長のように、休日を無視する人間も少なくはないけれども、ヴィヴィアンは、休みの日には休むべきだと思っている。


「ちゃんと休まないと、楽しい気持ちが減っていくもの。楽しくないと、仕事もうまくいかなくなるし」


 かつて、ヴィヴィアンの魔術の才能に目をつけた人間が、休みなしにヴィヴィアンを働かせようとしたことがあった。


 当時まだ幼かったヴィヴィアンは、保護者の立場に近かったその人間の私欲のために、夜も寝ずに働き続け、壊れかけた。


 ヴィヴィアンの様子がおかしいことに気づいた周囲の者たちが、その人間を排除しなかったら、王都は最悪、ヴィヴィアンの魔力暴走に巻き込まれて消えていたかもしれない。


 ヴィヴィアンは、その時のことをほとんど覚えていないけれど、働きすぎれば悪いことがたくさん起きるというイメージが、無意識の領域に刷り込まれているようだった。


「『働きすぎたる者は、食うに及ばざるがごとし』だったよね。あんまり働きすぎると、かえってご飯をたべられなくなっちゃうんだ……異世界の格言って、深いなあ」


 ヴィヴィアンは、休日用の外出着の中から、ガーゼ地のふんわりとした白ブラウスと、暗褐色の地に紫色の不気味な目玉が散らばったスカートを選んで着替えた。


「クジャクチョウ模様のスカート、私の作った服の中では、出色(しゅっしょく)の無難な出来だと思う」


 愛用の黒縁メガネを装着して、姿見の前で服を整えてから、ヴィヴィアンは台所へ移動した。


「外のお仕事だから、お弁当が必要だよね。昨日みたいに食べられなかったら、お腹すいて困るもの。スカーレットの分も用意しとこう」


 食卓の鍋は、あいかわらず紫色の湯気を吹き上げている。


 ヴィヴィアンは、楕円型の弁当箱とサンドイッチボックスを二つずつ、食器棚から取り出した。


「シチュー弁当でいいかな。曲げワッパーにシチューを入れて、チーズと野菜を挟んだパンも作ろう」


 曲げワッパーとは、ヴィヴィアンが開発した木製の食品保管容器で、密閉性が高く、食品の腐敗を抑える性質が付与されている製品だ。


 もともとは、ヴィヴィアンが自分で使うために、拾った木屑を材料にして、適当に魔術で作ったものだった。


 ところが性能の高さに驚いた周囲の人々の勧めで商品化した途端、ヴィヴィアンに注文が殺到し、納品を強要する狼藉者まで現れて、かなりの騒動になってしまった。


 何度目かの誘拐未遂犯人を撃退したあと、ヴィヴィアンは、魔術を使えない職人にも曲げワッパーが作れるように、手作業と魔導機械を併用する方式を考案した。


 その後、工場での量産化にも成功し、いまでは「ワッパーウェア」として、王国内外で広く使われるようになっている。


 その売り上げの一部が、ヴィヴィアンの資産を日々増やし続けているのは、言うまでもない。


 鍋の蓋を開けて、ヴィヴィアンは料理を注文した。


「元気の出る、こってりシチューを二人分」


 びちゃり、びちゃり。


 二個の曲げワッパーに、紫色のゲル状物体が落下し、ふんわりと湯気の立つシチューに変わった。


「あ、今回は白いシチューになってる。いいかも」


 曲げワッパーに素早く蓋をすると、今度はサンドイッチボックスを手に持ち、きりりとした顔で鍋に告げた。


「白いシチューに合う感じの、チーズと野菜のサンドイッチ、二人分」


 べちゃり、べちゃり。


「うん、チーズたっぷり。スカーレットが喜びそう」


 飲み物も用意しようかと考えたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。


「おはようヴィヴィアン。ちゃんと眠った?」


「うん、よく寝た」


「すぐ出ようと思うけど、大丈夫かしら」


「いいよ。お弁当も出来てる。スカーレットの分もあるよ」


「あら、ありがと。もしかして『鍋料理』で?」


「うん。詠唱より早いから。ホワイトシチューと、チーズのサンドイッチ。お茶も入れて持っていこうか?」


「そうね。お願いするわ」


 ヴィヴィアンは、筒状のワッパーウェアの蓋を開けて鍋の前で構えた。


「あったかいお茶、二人分」


 びちゃびちゃっ。


「醗酵茶っぽいけど、茶葉は何かしらね」


「飲んでみれば、わかるかも」


「じゃ、あとのお楽しみね」


 ヴィヴィアンは鍋に蓋をしてから、帆布カバンに二人分の弁当とお茶の入った水筒を入れて、肩にかけた。


「魔術で直接病院に飛ぶ?」


「いえ、歩くわ。街の様子も気になるし、ちょっと寄りたい家もあるの」


「どこ?」


「ユアン・グリッドの自宅。呪いを発動したのは自宅の中だろうし、事前に試行した可能性もあるから、周辺におかしな影響が残ってるかもしれないでしょ」


「なるほど」


「警察部隊が家宅捜索してるとは思うけど、念のためにね。ユアン・グリッドの呪いはもう残ってないはずだけど、なーんか、もやっとするのよ」


 こういう時のスカーレットの勘の良さを、ヴィヴィアンはよく知っていた。


「何か、見つかるかもしれないね」


「たぶんね。なんとなく、ヴィヴィアンにも手伝ってもらうことになるような気がする」


「魔術とゲンコツで、頑張る」


「頼もしいわ」


 スカーレットと一緒に家の外に出ると、ヴィヴィアンは扉に施錠の魔術をかけた。


「我にとって、常に好ましきもののみ通す扉であれ」


「ねえ、今のって、鍵をかけたことになるの?」


「微妙。でも今までこれで困ったことはないし、普通に暮らせてるよ」


「問題ないならいいわ。じゃ、行きましょうか」


「うん!」



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