ヴィヴィアンは「ほどほど」を学んだ
呼び鈴を聞いて玄関のドアを開けると、少しだけ疲れた顔のスカーレットが立っていた。
「お待たせ、ヴィヴィアン。起きててくれたのね」
「うん。夜食も作った。一緒に食べよう」
「助かるわ。さすがにお腹ぺこぺこよ」
けれども、食卓の中央に据えられている大鍋を見た途端、スカーレットの食欲は半減した。
人が丸ごと入りそうな鍋の蓋の隙間からは、紫色の湯気が吹き出している。
「鍋料理、はじめて作ってみた」
「ねえヴィヴィアン、これって錬金釜よね」
「うん。作った。というか、出来た」
「中身は、何?」
「料理の、もと?」
「なんで疑問形なのよ。食材は? 何を入れたの?」
「んーと、前に拾ってきた靴と、風で飛んできた誰かの靴下と、昼間の虫が液化エネルギーになったやつとか」
「食べられるものが、一つもない!」
「大丈夫。毒味はしたから」
「まさか食べたの!?」
「あ、食べ方、やってみせるね」
ヴィヴィアンは錬金鍋の蓋を取って鍋の横に立てかけ、皿を鍋の縁に寄せると、なぜか、きりりと引き締まった顔で言った。
「謎肉ガム」
鍋の中のゲル状の物質が、どろりと渦を巻いたかと思うと、中央が角のように持ち上がり、皿の上にびちゃんと落ちた。
その一瞬ののちには、皿の上に、小さな四角に整形された、不気味な色の肉の塊が出現した。
ヴィヴィアンは肉を口に放り込んで噛みながら言った。
「うん、肉っぽくて美味しい。スカーレットもどうぞ。食べたいものの名前を言うと、出るから」
「もう言葉もないわ……再生の詠唱で呼び出したのね、鍋を」
「うん。鍋料理を出す詠唱をやってみたら、この鍋が出た」
「鍋料理って、料理が飛び出す鍋のことじゃないのよ」
「うん。飛び出した鍋から料理が飛び出るってことだよね。あれ、同じ? いや違う?」
「まあいいわ。出てくる料理の種類はどれくらいかしら」
「わからない。スカーレットがくる前に、『謎肉入りスープ』と、『新鮮と言えなくともないサラダ』を呼び出してみただけ」
「また微妙なものを……とにかく頼んでみるわ。少し深めのお皿、貸してくれる?」
「うん。どうぞ」
スカーレットは、受け取った深皿を鍋の縁に寄せて、料理を呼んだ。
「チーズ多めのチーズリゾット」
紫色のゲル物質がにゅるっと飛び出して、深皿にべちゃりと落ちたかと思うと、ふつふつと煮立つリゾットに変わった。
「言いたくないけど、美味しそうだわ」
「ワインも、いる」
「あるの? それとも出るの?」
「出ると思う」
ヴィヴィアンは食器棚から、スカーレットしか使わないワイングラスを出してきた。
「チーズリゾットに合うワイン」
にゅるりっ、べちゃっ。
「あら、ロゼだわね。なかなかいい香り」
スカーレットは、鍋の不気味さから目を逸らすことにした。
「じゃ、今日のことを話すわね」
「うん」
「まず、今回の虫騒動は、すべてユアン・グリッドが妻を助けようとして起こした呪力暴走が原因ってことで、決着がついたわ。婚約詐欺とヴィヴィアンに呪いをかけた件については、伏せてあるけど、構わない?」
「構わない。それを伏せてないと、ものすごく面倒くさいことになるよね」
「ええ。ユアン・グリッドが逮捕されようが死刑になろうが自業自得だけど、警察部隊はここぞとばかりにあんたを調べ尽くそうとするでしょうね。あんたから甘い汁を吸いたい連中も、隙あらば群がってくるだろうし」
「そんなことになったら、ここから逃げるしかない」
ヴィヴィアンは顔をしかめながら、いま住んでいる屋敷ごと、亜空間に引っ越す方法を考え始めた。大変そうだけど、時間さえかければ、可能な気がする…
「何考えてるか、大体想像つくけど、それは最後の手段よ」
「でも、『備えあれば嬉しい仲間』っていうよね」
「こないだ出た異世界格言集? 冒険者パーティのサポート要員の自戒の言葉かしら」
「そうかも。いい言葉だよね」
「あの本って、イルザお姉様が監修なさったのよ。私も注文してるんだけど、まだ届かないの」
「うちにあるの、貸す?」
「いえ、しばらく忙しくなるから、いいわ。そうそう、あのあと病院にイルザお姉様もいらしたのよ」
スカーレットは、議事のあらましをヴィヴィアンに伝えた。
「たぶん明日には、正式な治療器制作の依頼が届くわ。重篤な患者に一日でも早く届けたいから、王都病院と連携して私も手伝う」
「半年で、三百人分だよね。スカーレット、その中で、メアリーと同じくらい悪くなってる人、何人くらいいるかな」
「正確な数は調査しないと分からないけど、五十人くらいだと思う」
メアリーと同程度の病状ということは、もってもあと一か月、早ければ一週間以内に亡くなる可能性が高いということでもある。
「次の土の日までに、その人たち全員に会って、治療器を作る」
「分かったわ。必要な材料はある?」
「できるだけ、現地調達でいく。そのほうが、たぶんいいものが出来るから」
「そういうものなのね」
話しながら、ワインをゆっくりと味わうスカーレットを見ていたヴィヴィアンは、たったいま思いついたことを口にした。
「今回の解呪のお礼、鍋料理はどうかな。スカーレット専用のを一つ、作るよ」
スカーレットは手に持ったワイングラスをじっと見つめ、それから毒々しい湯気をあげ続けている錬金鍋を視界のはじっこに入れて、しばし考え込んでから、悩ましげに言った。
「とりあえず、保留にさせて。もしもサイズダウンが可能で、デザインもこちらで指定できるなら、お願いするかも」
「分かった。試作に試作を重ねて成功したら、知らせるね」
スカーレットは、大量に試作された巨大錬金鍋の山を幻視できるような気がした。
「ヴィヴィアン、何事もほどほどに、ね。ちなみにこの鍋って、持ち運びできるの?」
「できる気がしないから、無理だと思う。動かす必要も特にないし」
「邪魔になったらどうするのよ」
「え? ならないよ。ずっとここにあれば、いつでもご飯たべられるし、おやつも食べ放題だし」
錬金鍋でズボラ飯を決め込むつもりのヴィヴィアンに、スカーレットはもう一度だけ、釘を刺した。
「ほどほどに、よ。偏ったものばかり食べないこと」
「気をつける」




