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災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい  作者: ねこたまりん
ヴィヴィアンの婚約
20/89

ヴィヴィアンは夜食を作った

 ヴィヴィアン糾弾にこだわるシャルマン隊長が退場し、医療行政全般に詳しいイルザが来たことで、話が一気に進んだ。


 首に蛇鞭を巻きつけて会議室にやってきたメアリーは、全身状態を記録する精密魔導機器を装着した上で、心の鞭で「しばく」を実践してみせた。


「本当に自己魔力不全の症状が消えていくわ! ヴィヴィアンちゃんは、この画期的な治療法を、即興で作ってしまったのね。それも事故現場で、なんの準備もなく」


「以前からアイデアはあったと言ってましたわ。鞭型治療器の素材は、そのへんに落ちていたガラクタと、ユアン・グリッドが放出した呪力エネルギーをリサイクル利用しておりましたわね」


「ほんとうに、あの子は世界を救う才能の固まりだわ」


(だからこそ、あの子は孤独なのだけど…)


 イルザ・サポゲニンは、ヴィヴィアンが、幼い頃から悪意や妬心に晒され、安らぎに乏しい暮らしを送っていることを、よく知っていた。


 今回の医療機器開発によって、これまで以上に、ヴィヴィアンを取り巻く状況は難しくなることだろう。


 それでも、この発見を公表しないという選択肢がないことを、イルザ・サポゲニンは理解している。もちろん、スカーレットも。


「サポゲニン病院長、ヴィヴィアンが発明したこの治療器は、患者一人一人をカウンセリングし、患者の状態に合わせて、個別に制作する必要がありますの」


「うむ。速やかに王国内の全患者の情報を取りまとめる体制を整えよう」


「それから、イルザお姉様」


「分かってるわ。自己魔力不全症候群の患者数は、王国内だけで一万人。現時点で余命半年を切っているのは三百人ほどよ。半年以内に、治療器を三百。国の臨時予算はしっかり抑えるから、安心して」


「ありがとうございます、お姉様」


「問題は、この情報が出た後の、国外からの圧力だけれど、汎用型を開発して量産が可能になるまで、どれくらいかかるかしらね」


「ヴィヴィアン次第ですわ」


 二日後、汎用型治療器が、呆気なく量産可能になるということを、この場の者たちはまだ知らない。


「某国とか、利権を狙って強硬手段に出てきそうよね。いつかみたいに、死人が出るようなことが起きなければいいけど」


「一人も死んでませんわ。死にかけた人はいましたけどね。主に、シャルマン隊長ですけど」


 事務員たちの超人的な処理能力もあって、日付が変わる前に、必要書類が全て整った。


 メアリーは、ちょっとだけ蛇に耐性ができたらしい担当看護師とともに、自分の病室に戻っていった。


 ユアン・グリッドの父親は、やらかして意識不明の息子の経過を見るために病院に泊まるといって、自邸に連絡を入れていた。


「これで、今日出来ることは全て終わった。会議は終了とする。明日も忙しくなるから、皆、よく休んでくれ」


「スカーレットちゃんも、お疲れ様。ヴィヴィアンちゃんへのフォロー、頼んだわよ」


「ええ、全力で守りますわ」


 会議室から人が出払った時、イルザはようやく夫を見た。


「あなたも、今日はお疲れ様でした。大変でしたわね」


「う、うむ……イルザ、その」


「ところであなた、『ホウ・レン・ソウ』という言葉を、ご存知かしら」


「いや、知らん…」


 強い目力でぎりぎりと睨まれたサポゲニンは、思わず後ろに一歩下がった。すかさずイルザが一歩迫る。サポゲニンはさらに下がろうとしたが、壁に阻まれて断念した。


「異世界の古い伝承記録にありますの。ホウは報復。レンは連帯責任。そしてソウは」


 逃げ場のないサポゲニンの青白い頬を、イルザが両手のひらでぎゅーっと挟み込む。


「葬送行進曲ですわ! 妻への重要な報告を怠るような組織の長は、ろくな進言をしない無能な部下ともども詰め腹を切るべし! その血塗られた屍を千の槍で突き上げ、高らかなる葬送の歌とともに行進する権利が、異世界の妻たちには認められているそうですのよ。素晴らしい習俗だと思いませんこと?」


 廊下のほうから、複数の人間が倒れるような物音がした。病院長夫妻の「その後」と、自分たちの未来が気になって、聞き耳を立てていた事務員たちだろう。


 サポゲニンにはもはや震える力もなかった。


「ねえあなた、この二十五年間、私が何度も何度もお伝えしたことを、なぜ理解しようとしませんの?」


 イルザの目の殺気が和らぎ、悲痛の色が現れた。


「処理できないほどの激務ならば、私に報せを出して、執務室に呼べばよいのです。百人の部下よりも、お役に立ってみせますのに」


 サポゲニンは、足元に視線を落としながら言った。


「君は、私よりも忙しいだろう」


「本当に、分かっていませんのね」


「すまない。しかし、君が作った病院を守る以外、君に報いる方法が分からない」


 イルザは夫の頬を挟んでいた手を、額や首筋に回した。


「また体温が下がりすぎてる。ずっと食事をとっていないでしょう? 遅くなったけど、晩餐の用意は残してあるから、帰って食べましょう」


「怒らないのか?」


「怒っていますとも。生まれつき、命の(ともしび)の弱いあなたを健やかに生かすために、精魂込めて作った病院で、あなたが死にそうになってるんですもの。食中毒を出しそうになっていた厨房を爆砕して作り替えたのも、怠けたり汚職に走ったりしていた部下を部署ごと亜空間に追い出したのも、全部あなたのためだわ」


「知らなかった。言ってくれれば…」


「ふふ、私も『ホウ・レン・ソウ』の刑を受けなくちゃなりませんわね」


 イルザは夫を抱きしめた。


「家に帰りましょ。飛ぶわよ」

「ああ」


 低く甘い詠唱とともに、病院長夫妻の姿が会議室から消えていった。



 その頃ヴィヴィアンは、日付が変わったことを壁時計で確かめながら、夜食の用意を整えていた。


「鍋料理、作ってみた。スカーレット、食べてくれるかな」


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