ヴィヴィアンは夢の続きを見ていた
ヴィヴィアンを加害者として罰する意向を示したシャルマン隊長に対して、スカーレットは余裕の笑みを見せつけながら言った。
「そういうお話になるのでしたら、ユアン・グリッドのお父様に、いますぐここで確認してほしいものがありますの」
スカーレットは黒鞄からガラス瓶を取り出し、皆に見えるようにテーブル上に置いた。
「これは昆虫型の呪術系生物を処理するための殺虫管ですわ。中に入っている黒い液体は、私が捕獲した虫の成れの果て。ヴィヴィアンの魔法の発動後にエネルギー体に変化したものですが、グリッド家で扱う呪力と、同質のものではないかしら」
ユアン・グリッドの父親は、スカーレットから殺虫管を受け取ると、両手で包み込むようにして、呪力の質を確認した。
「…おそらく息子の生み出した呪力であろう。息子のものでないとしても、我が家門の誰かのもので間違いない。近親者の呪力は血液以上に似通うものだからな」
「息子さんの呪力量は、かなり多いほうでしたかしら」
「いや、呪術者の平均値を下回る程度だが、家で備蓄していた呪力エネルギーを勝手に持ち出して使い込んだようだ。それでも生命力の譲渡などという禁術に足りるとも思えんし、だからこそ失敗したのだろうが」
「ということは、街中に溢れた虫は、息子さんが発動しようとした呪術の失敗に由来すると?」
「まことに心苦しいが、そういうことになるだろう。呪力暴走が虫の大量発生に至った詳しい原因はまだ分からんが、術式が歪んだことで起きた事故であるなら、そういうとこが起こったとしても不思議はない」
「では、虫はヴィヴィアンとは無関係であると?」
「うむ。馬鹿息子は昔から、自らの技量を考えずに高難易度の術式に手を出しては、痛い目を見ておった。今回の件も、我々の指導不足が原因と言わざるを得ない」
ユアン・グリッドの父親は、シャルマン隊長に強い視線を送りながら言った。
「グリッド家として、今回の全ての騒動の責任を負うつもりである。ヴィヴィアン・ウィステリア嬢とは無関係であると断言する」
「くっ……」
反論できずにいるシャルマン隊長を無視して、スカーレットはグリッド氏にお礼を述べた。
「率直に語っていただけて、助かりましたわ。ヴィヴィアンの冤罪を晴らすためとはいえ、御一門の恥ともなるお話を、このような場でさせてしまいましたこと、心からお詫びいたしますわ」
ぐぬぬぬぬと、苦虫を噛み潰したような顔で黙りこんだシャルマン隊長に向かって、スカーレットはにんまりと微笑みながら、さらなる攻勢をかけた。
「ヴィヴィアンは虫を湧かせていないだけでなく、ユアン・グリッドの暴走を止めて命を救ったわけですが、シャルマン隊長、王都治安維持条例に抵触する要素がどこかにありましたかしら? ああ、私の見ていた限りでは、ヴィヴィアンの魔術発動の直後に、虫が全部消滅したようですので、結局、あの子が一人で今日の騒動を沈静化させた可能性がありますわね。警察部隊としては、むしろヴィヴィアンへの褒賞を検討するべきでは?」
「し、しかし…」
ここに至って、コンラート・サポゲニン病院長が、遅まきながらスカーレットへの援護射撃を開始した。
「ビンフィル医師、グリッド夫人の予後についての報告もあるとのことだったな。虫の件には区切りがついたようだし、病院としては、他の問題より優先的に、そちらの話を速やかに、本日中に、正確に把握しておきたい」
サポゲニン病院長は、二度とこの場で虫を蒸し返させまいと、強い圧を込めた視線でシャルマン隊長を威嚇した。
シャルマン隊長は、自分が病院長に睨まれる理由がわからず、戸惑った。
(病院前の警備の不備で、怒りを買ったか? そういえば、ヴィヴィアン・ウィステリアと話している最中に、なぜか意識が途切れたのだが、復帰して指揮を取るまでの間に何かあったのか。部下には心労のせいだと気遣われたが、そもそも気絶した理由は、あやつにあるのでは。おのれ災禍の黒魔女…)
シャルマン隊長の懊悩を鼻で笑いたいのを堪えながら、スカーレットは会議室の面々を驚愕と混乱に陥れるべく、発言の主導権を握った。
「分かりましたわ、病院長。では本日発見されました、自己魔力不全症候群の根治療法と、それに不可欠な特殊医療機器の特許申請を行いたいと思いますので、文官の皆様、速やかに諸々の書類作成のご用意をお願いいたしますわ」
会議室中の椅子がガタガタと揺れた。
「なに!」
「あの絶望の病が根治するだと!」
「まさか、ありえん!」
「信じられるか! 国が特A級に指定する難病だぞ!」
ただ一人、サポゲニン病院長だけは、叫び声を上げず、椅子も揺すらずに、紙よりも白い顔で固まっていた。
(これは……夜明けまでに絶対に帰れそうにない案件……人生終わった)
同じころ、自宅で眠るヴィヴィアンは、五個目の甘いパンを美味しくいただく夢を見ていた。




